メルマガ保管庫
『ラブメール』
空をオレンジ色に染めながら太陽が沈む。
どこまでも続く海と空、だからこそ地平線を染める夕陽はより美しいのかもしれない。
ポケットから携帯を取り出して構えカシャという小さな音と共に画面の中に夕陽を切り取る。
そのままメールの送信画面に切り替えて、今日何通目になるか分からないメールを送った。
「おーおー嬉しそうな顔して、どうした?」
「保志さん」
メール送信完了の文字が画面に出るのを確認していると声を掛けられ、振り返ると眩しそうに目を細めた保志さんが歩いて来た。
額の上にサングラスを乗せて、伸びた髪はピンクの花が付いたゴムで一まとめに結ぶ、黄色のアロハシャツを着て足元はビーチサンダル。
いつものスタジオと何ら変わらない格好もここでは少しも浮きはしない。
頭のゴムは相変わらず目を惹くけれど……。
後ろに見える椰子の木がこれほど似合う人もいないなと思っていると隣に並んだ保志さんが訝しげな視線を向けてきた。
「携帯で写真でも撮ってたのか?」
「え? あ、あぁ……まぁ」
手に握っていた携帯に視線を落とした保志さんに聞かれて返事をしながらそそくさとポケットに押し込んだ。
「朝から何回も撮ってただろ。しかも俺の前じゃぜってー見せない、いい顔して」
「なんすか、それ!」
「俺もさすがに妬けちゃうよ? でも携帯で写真? お前もブログとかやってるクチ?」
「違いますよ」
ニヤニヤと笑う保志さんに肘で突付かれて手を振って否定した。
俺たちは歩き始めると、保志さんがポツリと呟いた。
「子猫ちゃんか?」
「その呼び方、何とかなりませんか?」
「お前が言うか? お前が……」
「俺はいいんです。つーか俺専用ですから」
「ベタ惚れ……だねぇ。クールなヨウも子猫ちゃんの前だと目尻下げまくりだな」
「見たことないくせに」
冷やかされて思わず苦笑いになる。
それでも否定しないのはその通りだと自分でも分かっているから。
「出来れば俺が見てる物と同じ物見せてやりたいんですよ」
「まぁな、海外の撮影にまでは連れて来れねぇし……それで携帯で写真か? やるね、お前」
「違いますよ」
イヒヒといやらしく笑われて俺も思わずつられて吹き出した。
そんな理由じゃないんだよなぁ。
誰にもまだ言ったことのない理由、きっと本人もそんなことすっかり忘れてるはずだけど、俺はずっとずっと覚えている。
「実は……」
言いかけるとポケットの中の携帯がブルブルと震えてすぐに止まった。
それがメールの着信だと分かり携帯を取り出しながら言葉を続ける。
「前に……アイツが言ったんです。同じ景色なのにこんな風に見えてたんだねって。それ言われるまで気付かなかったんですけど、俺たち身長差がすげぇあるから隣に立ってても……見えてる景色が全然違うんすよね」
「まぁ……そうだろうな」
「だから俺は俺が見てる景色をアイツに見せてやりたいし、それに俺もアイツが見てる……」
「おぉ。こりゃ可愛い」
話しながら開いたメールはタイトルは『身長伸びたよ!』添付されていた一枚の写真には148.1cmの文字の横に148.4cmと書いてある。
どうやら身体測定の結果らしい、覗き込んだ保志さんも俺も思わず吹き出した。
本文もないと思っていたが続きがあることに気付き空白行をスクロールさせる。
出てきた一言にすぐに隠しきれない笑みが浮ぶ。
『浮気はダメですよっ(>_<)』
それは可愛い可愛い俺の子猫ちゃんからの精一杯のラブメール。
さぁ、次は何て返そうかと思いながら暗くなり始めた空を見上げた。
end
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