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『十年目の卒業』
「そういえばね……」
夕方のニュースを見ていると真子がポツリと呟いた。
外出先から直帰した俺は珍しく早い時間に夕食を真子と一緒にとっていた。
あまり料理は得意じゃないと言っていた真子もどうやら通い始めた料理教室の成果が出ているらしく目に見えてその上達ぶりが分かる。
もちろん味も格段に上がった。
「高校の卒業式の時に」
ちょうど画面では県内の公立高校の卒業式の様子が流れている。
それが何気ない会話の一つでも俺は一瞬ドキッとした。
「式が終わってからてっちゃんの卒業をお祝いするためにみんな学校の前に集まっちゃって! バイクとか車とかすっごくってね、先生がカンカンに怒って卒業したっていうのにてっちゃんのこと追い掛け回してたんだよ!」
「へぇ、アイツら気の利いたことしたんだな」
何となくその光景が想像が出来て少しだけ笑った。
今でも耳の奥に残る単車や車のエンジン音、身体に伝わってくる振動、どこまでも続くテールランプ。
きっと一生忘れることはない。
「そしたら私のこともみんながお祝いしてくれてね。みんなでお金出し合ったってカーネーションの花束をくれたの」
「良かったな」
普通に返したつもりだったのに真子の顔が強張った。
何も言わなくてもその顔からは「しまった、言わなければ良かった」って気持ちが伝わってくる。
俺の胸を抉った小さな刃は同時に真子の心にも突き刺さった。
その度に辛そうにしながら。でも健気に笑う真子を見ていると一緒に居てやれなかったことが悔しい。
「あっ! それでねてっちゃんは後輩にボタン全部取られちゃって! 学ランとかボロボロで……」
言い始めてまた辛い顔をした、不器用だなって思う。
俺のために空白の思い出を埋めようとしてくれているのは分かっている。
でも、自分がそんなに傷ついてたら意味ないだろ?
「アイツは昔はモテたからな」
「昔はってヒドイよー。今でもモテてるかもしれないよ?」
「彼女の一人も居ないのにか?」
「確かに……もしかしたらてっちゃんは理想が高いのかも!?」
ようやく真子の顔に笑顔が戻って安心する。
きっとこういう場面はこれから何度もあるはず、でもその度に俺が辛い顔をしていたら余計に真子が傷つく。
だからこれからは真子の笑顔は俺が守りたい。
そんなカッコいいこと思ってるけど本心は違う。
真子のそばに俺が居ない代わりにテツが一番近くにいたことが悔しくて腹が立つだけだ。
「雅樹、どうしたの?」
「いや……このカボチャとつくねの煮物美味い」
「良かったぁ! パスタとかじゃ雅樹に勝てないから和食で勝負しようと思って!」
「なんだそりゃ。おだてても作らねぇからな」
「えぇーっ、たまには作って欲しいなぁ」
高校の時より少しほっそりした真子の顔が楽しそうに綻ぶのを見ながらふとあることを思いついた。
それが少しバカらしくて、でも少しだけ楽しくなった。
そして数日後。
それを実行に移すために準備をした俺は寝室から真子を呼んだ。
「雅樹、なーにー?」
寝室のドアを開けて入って来た真子は顔を上げると口をポカンと開けたまま固まった。
「ま、ままままま雅樹!?」
「んだよ」
「一体なにっ!? どうしたのっ!?」
「いーから、こっち来いって」
恥ずかしさと照れくささも手伝い少し荒くなった口調で真子を手招きすると何が何だか分からないという顔で真子が側へやってきた。
「手、出せ」
「…………?」
「いーから! 手出せって」
首を傾げる真子が恐る恐る出した手に俺は握っていた物を握らせる。
それ以上は何も言えなくて恥ずかしさで真子の顔も見れなくて背中を向けて顔を伏せた。
「ま、雅樹……これっ」
「ごちゃごちゃ言うなよ。ちょっと遅くなっただけだろ」
「ちょっとって……私……十年待ったんだからね!」
ドンッと体当たりするように後ろから抱きついた真子の手が俺の腰にしがみつく。
「ね……これ何番目?」
「知るかっ!」
クスクス笑う真子の手が今の身体には少し小さくてボタンの留まらない上着を確認するように滑る。
ボタンの無い場所を確認してまたギュッと抱き着いた。
「嬉しい……一生大事にするねっ!」
「そんなに欲しいならこれごとやるよ」
俺は羽織っていた上着を真子に押し付ける。
「防虫剤しっかり入れて保管しなくっちゃ!」
今でも防虫剤の匂いのプンプンする学ランを抱きしめながら真子は本当に嬉しそうに笑った。
end
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