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『勝利宣言』
文化祭翌日。
授業が終わり雑然とした教室内で帰り支度をしていると千夏が満面の笑みで近付いて来た。
「な、なんでそんなに笑ってるの?」
「んー? だって……ねぇ?」
千夏は朝から……正確には昨夜から「ぐふふふっ」と変な笑い方をしては口元を手で押さえていた。
私は何が言いたいのか薄々気付いていたけれどそれには触れずに帰り支度の続きをする。
「今日は部活ないんでしょ? 大稀くんはー?」
「武と約束があるんだってー」
その名前にギクッとした。
昨日の今日で何となくお互い気まずくてほとんど口も聞かず顔も合わせなかった。
もちろん理由はそれだけじゃなくて私にはもっともっと大きな理由があるんだけど、いつかは気付かれてしまうと分かっていてもそれを自分から発表するなんて勇気は……。
机の上に置いた鞄に手を置いてため息をつき掛けた私は聞こえて来た声にギョッとした。
「どうしたのー? なんか用事?」
「んーまぁ」
「あー分かった! お迎えでしょー!!」
「うるせぇよ」
ど、どどどどうして……二年の教室に海くんが!?
驚く私になんかお構いなしに海くんはゆっくりと教室の中に入って来た。
「ちょっ……」
「よぉ、一年が何の用なんだー?」
私の声を遮るように割って入って来たのは武くんで、すぐそばまで来ていた海くんの前に立ちはだかった。
ま、まずいっ……。
「ちぃーっす、キャプテン」
「ちぃーっすじゃねぇよ! 一年が何の用だっつってんの」
「すぐ出てくんで気にしてないで下さい。ひな、今日もバイトねぇんだろ? 帰ろうぜ」
あ、ああぁぁぁ……。
大きな武くんの身体の向こうからひょいと顔を出した海くん。
千夏に助けを求めようと思ってもすっかり傍観者としてニタニタ笑いながら遠巻きに私達を見ている。
「か、かかかか海くん……あのっ……」
「海……"くん"? 昨日、海って呼べっつっただろー」
「えっ!? あ……うんっ……じゃなくって!! な、何でここに!?」
「だから一緒に帰ろうぜって言ってんじゃん」
わたわたと一人慌てている私を見て海くん……いや……海はクスッと笑った。
それを千夏がニタァとしまらない顔で見ている。
恥ずかしくて逃げ出したくて慌てて鞄を持とうとすると怖ろしい気配に教室内が凍りついた。
「んー……なんかおかしいよなぁ? なんだこの会話、これじゃあまるで……」
ゆっくり振り返った武くんが眉間に皺を寄せて私を見下ろしている。
その威圧感に思わず後ずさりしそうになるとすかさず海が武くんと私の間に割って入って来た。
「ご想像の通りっすよ。キャプテン」
それは神経を逆撫でする以外のなにものでもない。
おまけに海は私の左手を取るとしっかりと握った、もちろんいわゆる恋人繋ぎというやつで……。
「あ、あのね……これはね……えっとぉ」
「ま、そういうことで……ひなは俺の彼女なんで昨日みたいなことしたらたとえキャプテンでも……ぶっ飛ばすんで。そこんとこよろしくー」
さらりとそんなことを言うと海は私の手を引いて歩き出した。
私はチラッと武くんの顔を見たけれど、唖然としている武くんはまるで魂が抜けたみたいになっている。
ど、どどどうしよう……。
まったく気にしていない様子の海に手を引かれて教室を出そうなところで慌てて振り返ると千夏が手を振っていた。
「後は任せなさいって!」
私は苦笑いで頷くと引っ張られるように教室を出た。
「ね、ねぇ……今のはちょっと……」
「あれぐらいであの人がダメージ受けるわけねぇって。腐ってもキャプテンだし、あーぜってぇ部活でしごかれるよなぁ」
「で、でも……」
「つーか、あんま他の男のこと心配されると俺がムカツクんですけど。それにあの人なら大丈夫っしょ。どうせ今頃事態を理解して雄叫びでもあげてるって」
そして一拍置いて聞こえて来たのは確かに獣のような雄叫びだった。
それを聞いて海はすごく楽しそうに口元を緩めていた。
end
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