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『陸の思惑、麻衣の疑念』
鼻唄交じりで帰って来た陸は玄関のカギを開ける。
明かりの点いた玄関と廊下は暖かく部屋の奥からはいい匂いが漂ってくると陸の頬は自然と緩んだ。
「ただいまぁ」
「おかえりー。ごめんね、ちょっと手が離せなくて」
手を洗ってうがいをしてからいい匂いに引き寄せられるように真っ直ぐキッチンへ向かうとサラダを用意していた麻衣が顔を向けた。
「結構遅かったね?」
「それがさー美容院にお客さんがいて終わってから少し捕まったんだよね」
休みの陸ために急いで帰って来た麻衣は少しだけ不満そうな声を出した。
陸もまた予期せぬことで時間を取られたと不快感を露わにしたが、すぐに笑顔になってエプロン姿の麻衣を後ろから抱きしめる。
「まだ支度中だよ」
「んーちょっとだけ」
「もう……ンッ」
腕の中で背伸びした麻衣が素早くキスをすると離れてしまう前に陸は麻衣の体を強く抱きしめた。
重ねるだけのキスが深くなりしばらくしてからようやく解放された麻衣は照れくさそうに陸の脇腹を突付いた。
「あれ? これ、なぁに?」
陸のコートのポケットに丸めて突っ込まれている雑誌を指差した。
「ん? あ、あぁ……ちょっと暇つぶしにさ」
そう言いながら陸はその雑誌を麻衣の目から隠すように体の向きを変えるとオーブンを覗き込み「美味しそうだなぁ」と声を上げている。
それから何事もなかったようにキッチンを出て行く陸の後ろ姿を見る麻衣は何かを悟ったように小さくため息をついた。
「おぉっ! 美味そうっ」
チーズたっぷりのラザニアがグツグツ音を立てているのを見ながら陸が嬉しそうな声を上げる。
平日に一緒に食事を取る事は珍しい二人は互いに顔を見合わせ、久しぶりのゆっくりとした平日の夜に笑顔を交わした。
食事を始めて少しすると麻衣が思いついたように口を開いた。
「言っておきたい事があるんだけど……」
「なぁに?」
休みの日はお酒を飲まないようにしている陸はペリエで口を潤してから麻衣を見た。
正面から真っ直ぐ見つめる麻衣の瞳が意味深に微笑む。
「プレゼントは十万円以上出したら受け取らないからね」
「な、なにが……」
「普段使い出来ないようなブランド物とか買わないでよ? というより何も用意しなくてもいいからね」
「ど、どうしたの急に……」
「ん、別に? ただ高い買い物する前に釘を刺しておこうかなと思って」
「そ、そっかぁ。そうだよなぁ……無駄遣いは良くないしな、うん。そうだ、麻衣の欲しい物……ほら普段使うもの……あ、鍋とかさ。欲しい物あったら言ってよ、ね?」
しどろもどろで答える陸に麻衣がにっこりと微笑む。
陸は椅子の背もたれに立てかけていた雑誌をそぉっと尻の下に敷いた。
その表紙には【X'masおねだりジュエリー】の見出しが大きく書かれていた。
end
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