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『レッドカーペット』
空気がキンと冷える冬の一歩手前。
それでも早朝の冷えた空気は呼吸をするたびに肺の中を満たし体内がリセットされるような清々しさに寒さも心地良い。
カサカサカサ……
歩くたびに鼓膜をノックする軽い音は二人分。
足元で舞う赤く色づいたカエデはまるでパレードのように踊りながら二人の後をついて来る。
二人は色違いのフリースの上着を羽織りゆっくりとした歩調で歩く。
「すごいわねぇ」
道幅二メートルほどの山間の歩道を歩きながら上を見上げる美紀が思わずといった感じで呟く。
まだ薄暗い時間に家を出て車を一時間ほど走らせ竜之介と美紀は早朝でまだ人の少ない紅葉の名所を訪れていた。
五十を過ぎても人目をはばからず恋人のように手を繋ぎ、時々顔を見合わせては言葉を交わさずに微笑み合い視線を絡ませる。
緩やかな起伏のある道を三十分以上歩いていると冷えていた体もようやく温かくなった。
「俺も年食ったんだなぁ」
「なぁに、急に?」
「ん〜? こんな風に景色見ながらのんびりする時が来ようとはな……しかも朝の八時」
「ふふっ……若い頃は紅葉見るよりネオン見てた方が楽しかったし? 綺麗な空気じゃなくてタバコと香水の澱んだ空気ばかりだし? 隣を歩くのは綺麗で着飾った女の子ばかりだったし?」
美紀が昔を思い出しながら楽しそうに笑う。
だが竜之介はムッとした顔で立ち止まり繋いでいた手を引っ張ると美紀の腰を抱き寄せた。
「間違ってるだろ」
「どこが?」
「俺の隣にはいつも美紀がいた」
「昼間だけね?」
「…………」
言い返せない竜之介を久しぶりに見た美紀は嬉しそうに顔を覗きこんだ。
不機嫌な顔だった竜之介が美紀の鼻をピンと弾いて少し真面目な表情をする。
「後悔してるか? 俺を選んだこと」
「俺以外の男を考える暇がないくらい幸せにするから」
「なに?」
「竜ちゃんが言ってくれた言葉。その通りだったわ」
「そうか」
「でも……」
「でも?」
「こうやって竜ちゃんと腕を組んで教会歩きたかったかな?」
「やっぱり白いドレス着たかったか? 美紀の白無垢も真っ赤な内掛けも綺麗だったけどな」
「少しだけ。だから麻衣達の結婚式は教会がいいわぁ、竜ちゃんと麻衣が腕を組んで歩いてくるのを見てみたい」
「花嫁の父ってやつか……」
「泣けちゃう?」
「まさか。でも……麻衣と歩く前に美紀と歩いておきたいな」
「嫌よ……この年でウエディングドレスなんて……」
「じゃあ、今歩くか?」
「えっ?」
竜之介は美紀の右手を取ると自分の左腕に掛けた。
「ライスシャワーとまではいかないけどな」
風が吹いて枝を揺らすと赤い葉がヒラヒラと二人の上に舞い落ちる。
空を見上げしばし言葉を失った二人は視線を絡めると誓いのキスのようにソッと唇を重ねると静かに歩き始めた。
カサカサと音を立てながらどこまでも続く赤い道を歩く二人は自然と歩調と呼吸が同じになる。
穏やかで優しい時間をゆっくりと二人で歩く姿はこれからの二人を暗示しているのかもしれない。
end
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