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『木枯らし一号』

 リビングのソファでうたた寝していると背中がゾクゾクして目が覚めた。

 西に傾きかけた陽が部屋の奥深くまで差し込んでいる。

 "早めにカーテン閉めてね!"

 いつもの麻衣の言葉が頭に浮かんで薄暗くなりかけた部屋にカーテンを引こうと窓際に立った。

 外は窓が音を立てるくらい強い風が吹いている。

 昼過ぎのニュースで木枯らし一号が吹いて山の方では初雪が降ったと伝えていた。

「寒いはずか……」

 窓際に立っただけなのに外の寒さが伝わって来る。

 今年は秋が短くて夏が終わった後にすぐ冬が来たようで急に寒くなった。

 もう少しのんびりしていようと暗くなった部屋でソファに腰掛けた俺はテレビをぼんやり眺めながら今朝の麻衣の格好を思い出してハッとする。

 薄手のニットカーディガンを羽織っていただけだった。

 まだ麻衣が帰って来るまでに二時間近くあり日が沈めばもっと寒さは増すかもしれない。

 立ち上がると寝室へ向かって出掛ける用意をすると家を出た。


「寒ぃ……」

 吐く息がわずかに白くなる。

 日が落ちてすっかり暗くなった道端で俺はコートの襟を立てて寒さをしのいでいると明るい声が聞こえて来た。

「お先に失礼しまぁす」

 近付いて来た小さな足音はすぐそばで止まった。

 驚いた顔の麻衣が嬉しそうに駆け寄ってくる。

「どうしたのっ??」

「寒いかなぁと思って」

 目の前に立ち俺を見上げる麻衣の体に持って来た白とグレーのチェック柄のフードの付いたポンチョコートを羽織らせた。

 大きな黒の丸ボタンが付いた可愛いデザインに一目惚れした麻衣のお気に入りのコートだ。

 大きなフードを頭からすっぽり被った麻衣が嬉しそうに笑いながら顔を出す。

「あったかい……ありがとう」

 コートの袖に腕を通した麻衣が俺の手を握った。

 その温かさといつもの穏やかな笑顔に寒さを忘れる。

「帰ろ?」

「あれ? 車じゃないの?」

「うん、たまにはゆっくり麻衣と歩きたいなぁと思って」

「それで寒い中待っててくれたの? こんなに手が冷たくなってるのに」

 すっかり冷えてしまった手を麻衣が両手で擦るように温め息を吹きかける。

 麻衣と出会って二度目の冬。

 誰かと寄り添って歩く事がこんなにも心を温かくする事を教えてくれたのは麻衣だった。

 仕事で客の肩を抱いて歩く事はあるけれどそこに何かが生まれることはなくぴったりと寄り添っていても二人の間には隙間が出来る。

 それなのに麻衣とはこうやって手を繋ぐだけで温かくなれた。

「陸?」

「麻衣、大好き」

「なぁに、急に」

 クスクスと笑う麻衣の可愛い笑い声は強い風音ばかりを聞いていた鼓膜すらもじんわりと温かさを取り戻していく。

 もう麻衣なしじゃ俺は冬は越せないかもしれない。

 それでも構わないと思えるくらい麻衣のことが愛しくてたまらない。

「大好き! 大好きだから今日は味噌煮込みを食べて帰ろう!」

「変なのぉ」

 首を傾げる麻衣の手を引きながら歩き始める。

 木枯らしが吹き荒れる街は少しずつクリスマスカラーが灯り始めていた。

end


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