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『可愛い君にキス』

 きっと本人は気付いてないんだろうな。

 隣を歩く麻衣を横目でチラリと見ながら心の中でほくそえんだ。

 チラッと見ただけじゃ分からないが麻衣はほんの少し唇を尖らせている。

 もちろん俺はそんな些細な変化だって見逃すわけがない。

 その原因が自分だという事はほぼ間違いわけで油断して口元が緩んでしまわないように注意しながら顔を引き締める。

 買った物を詰めたエコバック二つを倒れないように注意しながら後部座席に置く。

 相変わらず麻衣は唇を尖らせた可愛い顔のまま車に乗り込んでいる。

 エンジンを掛けてからすぐには発進せずにハンドルにもたれかかりながら麻衣の顔を見た。

「なに……」

 何も言わずにジッと顔を見ていたら麻衣はようやく口を開いた。

 ほら……やっぱり。

 さっきよりも唇を尖らせて恨めしそうな目で俺を見ながら必死に気持ちを抑えようとしている。

「久々に見たね」

「だから……何が」

 若干だが言葉の端々にトゲを感じる。

 もちろんそれさえも俺にとっては嬉しい反応。

「ヤキモチ。あーんなに堂々と紹介したのに気に入らなかったの?」

 麻衣の表情は固まり目が不自然に泳いでいる。

 やっぱり……図星じゃん。

「不安はないけど…ちょっと気に入らないって顔してる」

 窓の外に顔を向けようとする麻衣の左頬を右手で引き寄せると俺の視線から逃げられなくなった麻衣は目を合わせないように視線を下げている。

「――――だって」

「ん?」

「あのコ……陸のタイプでしょ?」

 するどい……。

 まぁ少し綺麗目だったし……好みのタイプだったけどそれよりも店で見た反応が麻衣に似てたから…なんだけどね。

 そんな事をバラしてしまうのはもったいない。

「俺は麻衣がいちば〜〜〜〜ん大好きだよ」

「でもタイプでしょ? ちょっと細めで髪も綺麗な茶色でサラサラのストレートロング」

 そう言う麻衣は肩に付くくらいのミディアム。

 綺麗な栗色で前上がりの毛先は軽めのローレイヤーで童顔の麻衣の雰囲気にぴったりだ。

 だが好みのタイプと好きな女の子はまったく別物。

 きっと説明したって今の麻衣が素直に頷くわけがないのは知っている。

 嫉妬されるのは心地良いけれどこれ以上長引かせて収拾がつかなったら元も子もない。

「でも麻衣が好き。この柔らかい髪も唇も俺だけを見てくれる綺麗な目も……ヤキモチ妬いちゃうくらい俺の事を想ってくれてる麻衣が大好き」

 麻衣の表情が困ったような照れ笑いに変わる。

 もう機嫌は直ったね。

「ねぇ…陸…」

 恥ずかしそうな声で呼びながら小さな手が俺のシャツの裾を弄っている。

 キスがしたいの? それとも…。

「今日は早く帰るからね」

 囁いたら麻衣が小さく頷いた。

 ヤキモチの後はいつもよりも甘えたくなるらしい。

 だからきっとこんな所でキスしたって今は絶対に怒らない。

「麻衣?」

 囁くような声で呼びかけると麻衣の顎がわずかに上がる。

 俺は期待に応えるためにピンク色のグロスで艶めく唇にとびきり優しいキスを落とした。

end



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