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陸の脳内劇場『バレンタイン同級編』

「17、18…んージャスト20個!」

 陸は机の上に色とりどりのチョコを並べて得意気な顔をしている。

「くっそー俺は17!」
「俺は数勝負じゃねぇの。本命が1個あれば十分!」
「じゃあ本命貰ったのかよー」
「うるせぇ!まだこれからだっ」

 今日は男子も女子も浮き足立つドキドキの一日。

 彼女も居ない俺達はムキになって義理チョコの数で張り合っていた。

「お前らまだまだだな…俺は23!」

 ガッツポーズを決めた誠が勝ち誇った顔で立ち上がった。

「くっそー!お前だけには負けたくねぇ!」

 陸は悔しそうにジタンダを踏んだ。

 女友達が教室の前を通り過ぎるのを目ざとく見つけた陸は大きな声を出した。

「田口麻衣!ちょっと来いよ!」

 声を掛けられて嫌そうな顔をしながらも渋々教室に入って来た。

「フルネームで呼ばないでよ。恥ずかしい」
「お前、チョコは?」

 抗議なんてまったく気にしていない陸は麻衣に向かって手を差し出した。

「は?何であんたにあげなきゃいけないの」
「ひでー、日ごろの感謝の気持ちは物で表せよなー」

 バッサリと切り捨てられた陸を周りの友達が笑っている。

「感謝するような事された覚えないんですけど」
「信じらんね!いつも遊んでやってんだろー」

 陸は麻衣の頭をぐりぐりと撫でた。

「ちょっと、止めてよー」

 麻衣が陸の手を払いのけようとすると先に誠が陸の手を掴んで離れさせた。

「麻衣ちゃん、嫌がってんだろ」
「誠くん、ありがと。あ…ちょっと待ってて」

 麻衣は小走りに教室を飛び出して行った。

「なぁ、今の何?」
「何が?」

 陸が面白くなさそうな顔で誠を見ている。

「お前…アイツに気があんの?」
「…だとしたらお前どうすんの?」
「はっ?どーいう…」

 陸が誠に詰め寄ろうと立ち上がると麻衣が教室に戻って来た。

「誠くん、これあげる」

 麻衣はリボンの掛かった小さな箱を誠に向かって差し出した。

「ありがとね」

 誠が笑ってそれを受取る所を陸は不機嫌そうに眺めていた。

「お前、コイツの事好きなの?告るんなら別のとこでやれよな。うぜぇって」
「おいっ、陸!」

 陸はやっかみ半分で大声で言うと誠は怒った顔で陸の腕を掴んだ。

「うざくてすみませんね!ほんとばっかじゃないのっ!」
「…ッテ!」

 麻衣は怒りながら陸に何かを投げつけると教室を飛び出して行くと周りに居た友達が陸を笑った。

「痛ってー、なんだあの女。人に物投げやがって」

 陸は物が当たった額をさすりながら床に落ちた物に手を伸ばした。

 金色のリボンが掛かった茶色の正方形の箱。

「なに…もしかしてチョコ?」

 思わず自分の持っている物と誠の持っている物を見比べる。

 誠の持っているのは赤い箱に金色のリボン。

「もしかしてどっちかが本命だったりして?」

 誠が口元をチョコの箱で隠しながら意味深に笑いかけた。

「俺には関係ねぇし、よしっこれで21だ!」

 陸は乱暴に麻衣から貰った箱を鞄の中に放り込んだ。

「うわぁ…これで手作りじゃね?」

 誠が麻衣から貰ったチョコの箱を開けると周りにいた友達が覗き込んで騒ぎ立てた。

「手作りのトリュフ。…あっ、上手い。」

 誠は一個を摘まんで口の中に入れると笑いながら二個目に手を伸ばそうとして陸と目が合った。

「お前も開ければ?」
「別に腹減ってねーし」

 陸はつまらなそうに机に突っ伏して寝たフリをした。

 家に帰って来た陸はベッドの上で昼間の誠の言葉を思い出しながら考え事をしていた。

 目の前には麻衣に投げ付けられた箱。

「俺のも手作り…か?」

 田口の好きな奴ってやっぱり誠なんかな?
 誠って女には優しいしアイツも誠の前じゃ大人しいし…。

 ブブブブ…
 携帯が振動して電話が着信した事を伝えている。

「もしもし?」
『あー俺、お前結局何個だった?』

 電話の相手は誠だった。

「22」
『んじゃ俺の勝ち。27』
「そんな事でわざわざかけてくんなよ」
『違うって。麻衣ちゃんのチョコ開けた?』

 陸はギクッとして目の前の箱を見る。

「まだ。飯食ったばっかだし」
『俺…すげぇ情報手に入れたんだけど聞きたくね?』

 誠が楽しそうな声でもったいぶって言った。

「別に聞きたくねぇけど…お前言いたいんだろ?」
『ったく素直じゃねぇのな。』
「早く言えよ」

 興味のなさそうな声で答えてみたものの全神経が電話に集中しているのが分かる。

『麻衣ちゃんがあげた中に本命がいるらしいぜ?』
「はっ?マジで?」
『あっれー?お前なんか焦ってねぇ?』

 誠に指摘されて心臓がドキッとした。

「うるせぇな。お前手作りだったんだろ?お前じゃねぇの?」
『あーアレなぁ。他の奴も同じの貰ってたんだよなぁ』

 あ…そうだったんだ。陸はホッとして胸を撫で下ろした。

『食わなくていいからお前開けてみろよ』
「別に俺そういうの興味ねぇから!あー風呂はいっから切るわ」

 陸は相手の返事も待たずに電話を切った。

 本命…いるんだ。
 ってか義理でも何個配ってんだよあのバカ。

 陸は箱を持ち上げてしばらく眺めていたが、突然立ち上がると家を飛び出した。

「あー俺。お前んちの近くの公園にいるんだけど出て来いよ。あーうん、そう」

 電話を切ってしばらくすると白いダウンジャケットを着た人影が陸に向かって近付いてきた。

「なに?」

 寒そうに首をすくめた麻衣がベンチに座る陸の前に立った。

「これって中身なんなの?」

 陸が持ってきた箱を麻衣の前に差し出すと麻衣は驚いた顔をした。

「あ、開けたら分かるでしょ」
「そーだけど。開けて変なもん入ってたらヤじゃん。何が入ってんのか教えろよ」
「バッカじゃないの!」

 麻衣の怒鳴り声が公園に響いた。

「そんなにいらないなら捨てればいいじゃん!」

 麻衣は陸の持っている箱を叩いて地面に落とすと向きを変えて歩き始めた。

 呆気に取られた陸は地面に落ちた箱を拾い上げて砂を払いながらほどけかけたリボンを引っ張った。

 捨てろとか意味分かんねーっての中身聞いただけじゃん。

 陸はゆっくりと箱のフタを持ち上げた。

「ねーコレって何てゆーの」

 陸は携帯を耳に当てながら早足で歩いた。

「はぁ?何が!」

 電話の向こうの麻衣はかなり怒っていた。

「だから箱の中身」
「知らないっ!見れば分かるでしょ!」

 陸は駆け出した。

「見てるけど何て名前か分かんねーから」
「えっ…」
「何て名前なの?」

 陸は立ち止まって弾んだ息を整える。

「…ガトーショコラ」

 小さく呟いた声は携帯を耳から離していた陸にしっかり届いた。

「へぇ…コレお前が作ったの?」
「うん」
「ウマイな。って1個しか入ってないけどもうないの?」
「家に…まだある」
「じゃあ、今から取りに行くわ」
「えっ…ちょっと待って…」

 陸は麻衣の手を引いて歩き始めた。

「なー紙まで食うとこだったんだけど…って半分食っちまったし」

 ちぎれた紙の破片を指で摘まんでいる。

「文字半分消えてんだけど、何て書いてあんの?」
「…忘れた」
「ふぅん…これ何文字」
「2文字」
「覚えてんじゃん。何て書いてあんの」
「……」
「言えば?」
「……スキ」
「俺も…」

 繋いだ手から伝わる相手の体温が上がったような気がした。
 


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