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『サボタージュ』
8月15日午後19時10分。
冷房の効いた中塚家リビング。
外の空気は湿気を含みねっとりと絡みついたが室内はカラッと湿度も温度も低く快適な空間になっていた。
だが二人の間に横たわる気まずい空気のせいでせっかくの快適な空間も二人には無意味だった。
「そんなに怒らなくてもいいじゃん」
カウチソファに座った陸はクッションを膝に抱えていた。
そして話し掛けた相手は何時間も険しい顔でテレビ画面を睨みつけている。
「怒ってません」
テレビ画面から目も離さずに返って来たのは冷たい声。
ソファの肘置きに体を寄せるように座りテレビを見る麻衣の事を陸は捨てられた子犬のような瞳で見つめた。
「顔…怖い」
「もともとこういう顔なんです」
「違うね。俺の麻衣はいつでもキスがしたくなるくらい可愛い顔だもん」
陸はクッションを離して少しずつ麻衣の方へとにじり寄る。
麻衣はチラッと陸の方を見たが表情を変える事なく頬杖をついてテレビを見た。
こうなったのはまた陸の悪い病気が始まったせい。
麻衣が盆休みに入ったと同時に陸も二日休みを取って二人はのんびりと楽しい時間を過ごし今日からまた店に行く予定だった。
それなのに「麻衣と一緒にいたいもん」といつものセリフで今日も店を休んだ。
「ねぇ…麻ー衣?」
すぐ側まで寄った陸だったが見向きもしてくれない麻衣にうな垂れる。
それでもジワジワと詰めていき麻衣の肩に顎を乗せた。
「せっかく二人でいるのにそんな顔しないで」
「誰のせいだと思ってるの?」
「ごめんって。機嫌直して?麻衣にそんな顔されると俺どうしていいか分かんない」
辛そうな声を出す陸だが麻衣の首筋に唇を寄せていた。
そして両手と両足で麻衣に抱き着いている。
「セリフと行動が合ってないけど?」
「掴まえてないと麻衣が離れてっちゃうじゃん」
陸はギュッと麻衣を抱きしめた。
横から抱き着かれていた麻衣は小さくため息を吐いた。
陸は腕の中にいる麻衣の体から力が抜けていくのを感じると口元に笑みを浮かべ首筋に唇を寄せた。
「明日はちゃんと行くって約束して」
「約束する…チュッ」
麻衣は呆れた笑顔を陸に向けたが陸はようやく顔を見せた麻衣に嬉しそうに笑うと唇を重ねた。
「ね…大好き」
軽く唇を触れ合う距離で陸は少し掠れた声で囁く。
麻衣は声を出さずに「私も」と唇を動かすと二人はどちらからともなく深く重ね合わせた。
チュ、チュッと下唇を吸いながら舌を差し入れる。
「陸…ご飯は?」
いつの間にか向き合い麻衣は陸の膝の上に座っていた。
「先に麻衣が食べたい」
陸は飽きることなくキスの雨を降らしていた。
耳たぶを唇で甘噛みをしながらうなじを指の背で撫でる。
「あんなにしたのに…」
休みだからと陸は毎晩のように早い時間から麻衣をベッドに誘った。
麻衣が何度目か分からない絶頂を迎える頃には日付は当に変わっていて陸は宝物を守るように麻衣を抱きしめて眠った。
休みなのになぜか睡眠不足だった。
「大丈夫。今日もいっぱい気持ちよくしてあげる」
「もう…」
照れながら脹れる麻衣の顔には拒絶の色はない。
陸はその表情に自信を得ると器用に体勢を入れ替えて麻衣をソファに押し倒した。
麻衣の体に覆い被さりTシャツの裾から手を入れ脇腹を撫でているとローテーブルの上の携帯が震えた。
「陸…電話」
二台並んだ携帯のうち点滅しながら震えているのは陸の携帯だった。
チッと小さく舌打ちしながら携帯に手を伸ばした陸は相手の名前を見て小さくため息を吐くとボタンを押した。
「すんません」
電話に出るなり謝る陸を見て麻衣は相手が誰かすぐに分かった。
相槌を打つ陸だがその会話の内容は分からない。
「えっ!?ちょ、ちょっと!誠さんっ!?そんな勝手に…」
慌てたように電話に向かって声を上げた陸だが切れてしまった電話に呆然と携帯を見つめている。
「陸どうしたの?」
心配そうに麻衣が声を掛けた。
「麻衣…」
陸が困った顔をしながら情けない声を出した。
なんとなく嫌な予感がする麻衣だったが陸の話の続きを待った。
「明日って予定あった?」
「明日?何にもないけど…どうして?」
「バーベキューするって。また俺の車出せって。麻衣も連れて来いって。朝6時に店に来いって!朝6時って!」
「そ、そうなんだ…」
またいつもの誠の思いつきだろうか…麻衣は苦笑いを浮かべた。
陸は持っていた携帯の電源を切ると麻衣の携帯の電源も切った。
「朝までしようと思ってたのにっ!これ以上邪魔されてたまるかっ」
悔しそうに叫ぶ陸は麻衣を抱き上げると寝室に向かって歩き始めた。
「こ、断ったら…?」
「だって今日仕事サボったもん…」
消え入りそうな陸の声に麻衣は大きなため息を吐いた。
どうやらサボッった代償はかなり大きいものになりそうだった。
end
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