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『在りし日のヒトコマ』

「う…わぁ〜っ!」

 陸は弾かれるように飛び出して柵にしがみついた。

 小さな手でしっかりと柵を掴むと足を引っ掛けて上り始めた。

「コ〜ラッ!危ないだろっ?」

 小さな陸の体がフワッと宙に浮いた。

「だって!だって!すっげぇおっきいー!」

 目をキラキラと輝かせて興奮した口調で指差している。

 父親の慧介ははしゃぐ陸の脇を抱えるとひょいと持ち上げて肩に乗せた。

「陸ー?見えるかー?」

「見えるよー!うわぁぁ〜〜〜すごい音だよ!お父さんっ」

 四月には小学三年生になる陸にせがまれて名古屋空港の展望デッキに来ていた。

 肩車してもらった陸は父の手をしっかりと握り今まさに飛び立とうしている飛行機に夢中だった。

 口を大きく開けたまま白い機体が轟音を立てながら宙に浮くのを見つめている。

 初めて飛行機を間近で見た息子の様子に慧介と母親の律子はお互いに顔を見合わせて微笑んだ。

「飛んだーーっ!お母さん!見た?見た?」

 空気がビリビリと震えるような轟音を立てて飛び立つ。

 真っ青な空に向かって飛んでいく飛行機を身を乗り出して見上げた。

「すごいねぇ!どこへ飛んで行くのかなぁ?」

「うんとねー…きっと外国だよっ!」

「陸も行ってみたい?」

「う〜ん…」

「どうしたぁ?行ってみたくないのかぁ?」

 難しい顔をして黙り込んだ陸の顔を慧介が見上げた。

「だって…飛行機怖いじゃん」

「なんだぁ?陸は飛行機が怖いのかぁ?」

 慧介は陸を地面に下ろした。

 視線を合わせるようにしゃがみ込むと陸の顔を覗き込んだ。

「お父さんは怖くないのかよっ…」

「んー…本当はお父さんもちょっと怖い」

「一緒じゃんかっ!」

「でもなぁ陸。お父さんが怖いって言ったらお母さんや陸の事を守ってやれないだろ?だから怖くなんかないんだ」

 慧介は陸の小さな手をギュッと握った。

 陸は言ってる事がよく分からなくてキョトンとしていた。

「お前も大きくなって大切な人が出来たら分かるよ」

 慧介はポンポンと陸の頭を撫でると立ち上がった。

「さぁお母さんが土産物を見たくてウズウズしてるぞ。行こう」

 慧介は展望デッキの入り口に向かう律子の後ろ姿を指差して歩き始めた。

 陸もその後ろを付いて行くがピタッと足を止めた。

 右の方をジッと見てると突然トトッと駆け出した。

「おねーちゃん、どっか痛いの?」

 しゃがみ込んで涙を流している女の子の前に立つと陸はトントンと肩を叩いた。

 涙で顔をグシャグシャにした女の子が顔を上げた。

「ううん、どこも痛くないよ」

 涙を手で拭うと笑顔を作った。

 顔をジッと見ていた陸は手を伸ばして頭をポンポンと撫でた。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 陸は小さい手で何度も撫でながら呟くと女の子の頬に涙が伝った。

 女の子は持っていたハンカチに顔を埋めた。

 また泣き出してしまって陸は困った顔をして手を引っ込めた。

「ボクが泣くとお母さんもお父さんもこうしてくれてうれしいのに…」

「大丈夫だよ。ありがとう。お兄ちゃんもね…私が泣くとよくそうやって撫でてくれたの。いっつも意地悪ばっかりするのにそういう時だけ優しくしてくれるの」

「おねーちゃんのおにーちゃん?」

「そっ。お兄ちゃんねいきなりアメリカ行くって…」

 女の子は真っ青な空を見上げた。

 まだ涙で頬が濡れまつげに雫が付いている。

「おねーちゃん、かなしーの?」

「うーん…寂しいのかな。ケンカ相手居なくなっちゃうし…って変な話しちゃってごめんね。お姉ちゃん元気出たよ。ボクーありがとね」

 今度は逆に女の子が陸の頭を撫でた。

 涙で濡れた瞳がキラキラと光り眦にはまだ涙が溜まっている。

「お父さんが泣いてる女の子には優しくしなさいって」

「ん?」

「おねーちゃん…まだ泣いてるのにボクどーしたらいいか分かんない」

 涙目の女の子を見ながら陸の方が泣き出しそうな顔になった。

 陸の言葉に女の子は嬉しそうに微笑んだ。

「お姉ちゃんね、もうすっごい元気だよ!これはーボクが優しくしてくれたから嬉しい涙なの、ね?」

「ほんと?」

「ほんとだよ。ありがとう、ボクは大きくなったらきっと格好いい男の子になるね」

 陸は零れそうな笑顔を見せた。

 女の子も嬉しそうに笑った。

「陸ー!置いてっちゃうわよ〜!」

「麻衣、そろそろ帰るぞ!」

 陸と女の子は呼ばれて「はぁーい」と同時に返事をした。

「じゃあね、おねーちゃん!んと…もう泣かないようにおまじないしてあげる!」

 陸は顔を近づけて女の子の額にキスをした。

「お父さんがこーするとお母さん元気になるんだっ!」 

 陸は立ち上がると手を振りながら入り口で待つ両親の元へ駆けて行った。 

「嘘っ…キスされちゃった…」

 麻衣はたった今キスされた額に手をやった。

 両親の所へ行くともう一度振り返って大きく手を振るのが見えて麻衣は手を振り返した。

「こんなとこで何やってんだ。帰るぞ」

「あ…お父ちゃん」

 タバコを咥えながら麻衣の肩に手を回して歩き始めた。

「とりあえず三ヶ月で帰って来るし二度と会えなくなるわけじゃねぇんだ。泣くといい女が台無しだぞ」

「ん?もう大丈夫!格好いい男の子がキスしてくれたし」

「ハァ!?」

 麻衣は笑顔で空を見上げた。

 青空に小さくなった飛行機が白く浮かび春の柔らかい風が頬を撫でていった。


end


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