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『お誘い』

 ある日の中塚家リビング。

 仕事が休みだった陸は夕飯を済ませた後ソファに座ってテレビを見ていた。

「陸?もうお風呂入る?」

「まだ後でいいよ」

 片付けを済ませた麻衣もリビングへ来て陸の隣に座った。

 麻衣は新聞を開くと番組欄を見ている。

「麻衣…さん。ちょっといいですか?」

 陸は妙に改まった感じで声を掛けた。

 敬語を使う陸を初めて見た麻衣はポカンと口を開けた。

「ちょっと…話…があるんですけど」

「はい。何でしょう?」

 麻衣は姿勢を正して陸に向き直った。

 敬語を使って改まった感じはするけれど嫌な話をするわけでない事は何となく感じとった。

「えぇ…っと、ですね」

 あの陸が言いよどんでいる。

 どんな時でも真っ直ぐぶつかってくる陸にしてはありえない事だった。

「…旅行に行きませんか?」

 麻衣は少し驚いた。

 そこまで言いにくいような事とは思えなかった。

「いいね!どこにする?んー温泉とかぁ…食べ物の美味しいとことか!」

「い、いや…あ、あのね麻衣…」

「ん?」

 どうやらまだ続きがあるらしい。

「七月、八月は忙しいから九月あたりに…まとまった休み取ろうと思ってるんだけど…」

「まとまった休み?」

「えっと…だから…旅行、海外旅行はどうですか?」

 麻衣はえっ?と聞きなおしてしまった。

 その途端陸ががっかりした顔をしたのですぐに後悔した。

「あ…嫌とかじゃなくてビックリしただけだから!」

「ほんと?」

「うん。ほんと、ほんと。でも…どうして海外?」

 特に反対する理由はなかったけれどいきなりの提案だったので何か特別な理由でもあるのかと思った。

 反対されていないと分かると陸はようやくホッとしたように笑った。

「一度行ってみたいなぁと思ってたんだけど麻衣は行った事ある?」

「ハタチの時にグアムに一回だけ行ったきり」

「そっか。それとね…俺達もうすぐ一年でしょ?」

「あ…そうだね。もう一年経つんだ」

 付き合い始めてそして一緒に住むようになってあっという間の一年だった。

 付き合う前はホストと一緒に暮らすなんて想像すらしていなかった。 

「だから…思い切って海外もいいかなぁと。まとまった休みが取れる事はもしかしたらこの先ないかもしれないし…」

 少し含みのある言い方だった。

 だが麻衣はたいして気にも留めなかった。

 そして陸は少し姿勢を正して真剣な表情をするとこう言った。

「なので…コホン!……婚前旅行という事でいかがでしょう?」

「婚前旅行っていうのはなんか照れるけど…すっごく楽しみ!陸は行きたい所とかあるの?」

 麻衣が少し照れくさそうに笑った。

 その顔を見た陸は本当に嬉しそうな顔で笑う。

「麻衣と一緒ならどこでもいいよ。けど俺…日本語以外無理」

「うん、私も無理だよー。でも…日本語しか話せないならいいところがあるじゃない?」

「どこ?」

「ハ・ワ・イ!!」

 その言葉に陸の目が輝き始めた。

 二人は笑顔でお互い見つめあった。

「いいね!!」

 二人は大きく頷いた。

 こうして二人は婚前旅行への第一歩を踏み出した。


end


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