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『モンスターの憂鬱』後編
(怒らせちゃった…)
麻衣は店を出るとトボトボと歩きながら地下鉄の駅へと向かっている。
俯き足元を見ながら歩いているとジワァと視界が滲み足元に雫が落ちた。
やっぱり昨夜は陸をすごく怒らせるような事をしてしまったんだと自分の中で結論が出た。
悠斗や誠も言いにくいような事をしてしまったのにまったく思い出せない事が情けなくて足が動かなくなってしまった。
謝りたくても店に戻ることも出来ない。
(もう愛想尽かされちゃったかも…)
とても良い方向には考えられなくて後から後から落ちる雫がアスファルトを濡らしていく。
「こーら。こんな所で女の子が一人で泣いてたら飢えた狼の餌食になっちゃうだろ」
「な、泣いてなんかないっ…」
すぐ後ろから聞こえたのはいつもの優しい声。
麻衣は慌てて手で涙を拭おうとすると後ろから手を掴まれた。
「擦ったら赤くなるよ」
代わりにと陸が腕を優しく目の上に当てるとスーツの袖が麻衣の涙を吸い取っていく。
陸の手は麻衣の頭を撫でるとポンポンと叩いた。
「どーして泣いてたの?」
麻衣は答えられずに首を横に振った。
「俺が怒ってると思った?」
麻衣が素直に頷くと陸は小さく溜め息を吐いた。
麻衣の体が緊張で強張るのを腕の中で感じると陸は麻衣の手を引いて歩き始めた。
「怒ってるのは半分当たり。半分は恥ずかしかったの。暫く店に顔出さないでって言ったのに今日来るなんて…まだまだ麻衣の行動パターンを把握出来てないなぁ…俺」
陸はクスクス笑った。
俯く麻衣はとても笑えずにただ陸の後を付いて行くだけ。
(やっぱり怒ってるんだ…)
もしかしたらこの手は離れて行ってしまうんじゃないかと不安に駆られて麻衣は強く握り締めた。
地下鉄への階段を下りながら陸は強く握られた手に目を細めて口元に笑みを浮かべていたが俯く麻衣が気付くはずもない。
陸は混雑するホームをすり抜け人の少ない場所で立ち止まった。
「いつまでそんな顔してるの?」
陸は俯く麻衣の頬を突付いて顔を覗き込んだ。
「ごめんね?すごい怒らせるような事しちゃったんだよね?」
「うーん…怒るというか恥ずかしいというか…」
「恥ずかしい?」
麻衣は陸の言葉に首を傾げた。
そう言えばさっきもそんな事を言っていたような気がすると麻衣は思い出した。
麻衣はジッと陸の顔を見た。
「そんなに知りたいの?」
力強く頷く麻衣に陸の方が根負けした。
陸は耳元で昨夜の一部始終を説明していくと徐々に麻衣の顔色が青ざめていく。
「嘘…」
「嘘じゃないからね」
「えぇーっ!もう!恥ずかしくてお店に顔出せないっ!!」
「…だから言ったのに」
激しく恥ずかしがる麻衣は両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
陸はその様子に呆れながら笑って見ていると突然麻衣は立ち上がり陸を睨みつけた。
「どうして止めてくれなかったの!?」
「はぁっ!?」
「わ、私が酔っても陸がしっかりしてたらこんな事にならなかったのにぃ!!」
「ちょ、ちょっと待てよ!何でそこで俺が悪くなってるの?」
「だってぇ〜〜〜〜」
また麻衣の瞳に涙が溜まり始めた。
涙目の麻衣に弱い陸はわざとらしく視線を逸らしてしまった。
横からグスグスと鼻の啜る音が聞こえてくる。
「あーもぅ!確かに俺も悪かったって!でも元々は飲みすぎた麻衣が悪いんだよ?分かってるの?」
「…うぅっ」
陸に反論された麻衣は思わず口篭る。
(そりゃそうなんだけど…)
元々お酒が好きな上に雰囲気に弱くつい飲まされてしまうのがいけない所だというのは分かっている。
なかなか断れない自分に非があるのは確か。
けれど陸から聞かされた事実は想像もしてないほどひどく思わず陸のせいにしてしまった。
ゴォーッと音がして地下鉄が滑り込んできた。
陸と麻衣は黙ったまま車内に乗り込むと涼しい車内に体だけでなく気持ちもクールダウンしていく。
「陸…ごめんね。言いすぎちゃった…」
「ん…俺もごめん」
「仲直りしてくれる?」
「もちろん。電車降りたら仲直りのチュウして?」
陸が少し冗談っぽく言うと麻衣はクスクス笑いながら頷いた。
涼しい車内で二人はしっかりと手を繋ぎ駅に降りると人影のないホームの端で何度もキスを交わした。
二人はポツリポツリと言葉を交わしながら昨夜陸が麻衣を背負って歩いた道を手を繋ぎゆっくりしたペースで歩く。
「やっぱりお酒止めようかな」
「止めなくていいけどほどほどにね」
「お酒強くなる方法ないかな?」
「それ以上強くなってどうするの。あっ…」
「ん?どうしたの?」
「いや…」
「何?気になるよー」
「店終わったら焼肉の予定だった」
「…今から戻る?」
「んーいや…いいよ。どうせ分かってるだろうし」
陸は歩きながら手短にメールを打つとそのまま電源を切った。
【今日の分立替よろしく!】
「毎晩毎晩…盛りやがって…くそっ」
メールを読んだ誠は苦笑いを浮かべていた。
end
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