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『モンスターの憂鬱』前編

「麻衣さーん、昨日はちゃんと帰れました??」

「んー…」

「コーヒー止めてお茶にします?」

 AM10:30事務所

 いつものように後輩達とのんびりお茶タイムのはずが眉間に皺を寄せた辛気臭い顔の麻衣。

 後輩達も気に掛けてくれているから大丈夫と言いたいのにとても言えそうにない。

(休めばよかった…)

 久し振りの二日酔いはなかなか酷く気分は最低だった。

「それにしても昨夜はあれからどこへ行ったんですかぁ?」

「私も気になりますよー。あんなに酔ってたのに一人でどんどん歩いて行っちゃうから心配したんですよ?」

「え…あぁ…近くに知り合いのお店があってそこへ行ったんだけど…」

 そこから先は麻衣自身も言葉を続けられない。

 店へ着いた辺りまでは覚えているがそこからの記憶があやふやだった。

 断片的な記憶の中で思い出せるのはすごく気持ち悪くなった事と陸の背中で揺られていた事。

 そして何より気になるのは昨夜の服。

 吐いたのは明らかだったけれどそれより気になるのはスカートの染みと汚れていた下着。

 会社まで送ってくれた時の陸のあのセリフ。

「暫くは店に顔出さない方が…イヤ…なんかあったとかじゃなくて麻衣酔ってたし…ほら…からかわれたりしたら嫌でしょ?」

 そんな事を言われて余計に気になってしまった。

(一体昨夜は何があったんだろう…)


 陸が教えてくれないのなら教えてくれる人に聞けばいい。

 麻衣は仕事が終わると手土産にプリンとサンドイッチを買って店に向かう事にした。

「いらっしゃいませ、麻衣さん」

「こんばんは。コレみんなで食べてね」

「ありがとうございます!」

(なんだ…みんないつもと変わらないじゃない)

 いつも通り出迎えられた麻衣はホッと胸を撫で下ろした。

「麻衣さん、こんばんは。二日連続のご来店ありがとうございます」

 すぐに奥から出て来たオーナーの誠はいつもと変わらない笑顔で麻衣を出迎えた。

「すぐにお席をご用意致しますね」

 麻衣は挨拶だけを済ませて背を向けた誠の腕を掴んだ。

 誠は驚いた顔で振り向いたがすぐにいつもの営業スマイルに戻った。

「どうしましたか?」

「あの…昨夜って…私…」

「昨夜…ですか?」

「すごく酔ってお店に来たと思うんですけど…」

「えぇ…楽しそうにしてみえましたね」

 誠は小さくクスッと笑った。

「それで…何かしたりしてないかなぁ…と」

「昨夜は麻衣さんがお見えになった後に私用で出てしまっていたもので…何か問題でもありましたか?」

「あっ…いえ!いいんです。なんでもないんです」

(絶対かわされた気がする…)

 決して崩れることのない営業スマイルに誠から聞き出すのは諦めるしかなかった。

 やはり聞きだせる相手は一人しかいなさそうだとその相手を待つことにした。

「こんばんは〜!差し入れありがとうございます!」

「悠斗くん、こんばんは」

「せっかくなんで一緒にどうっすか?」

 悠斗はニカッと笑って後ろに隠していたプリンをテーブルの上に置いた。

 悪戯っぽい笑顔に麻衣は思わず笑顔になり二人でプリンを食べ始めた。

(今がチャンス!)

「悠斗くーん…昨日さぁ…」

 麻衣はこの時に悠斗の顔が強張るのを見逃さなかった。

 悠斗は落ち着きなく目を泳がせている。

「結構酔ってたよねぇ?迷惑かけたりしなかったかな?」

 麻衣は意識して上目遣いで悠斗を見た。

 泳いでいた視線は麻衣の顔で一旦止まりまたぎこちなく動き出す。

「お、俺…ウーロンハイの、飲もうかなぁ…」

「いいよー。じゃあ私も同じのね?」

 麻衣は膝に肘を付くと顔を乗せて出来るだけ可愛い顔をして悠斗を見た。

 悠斗は一瞬も顔を上げることなくお酒を作り麻衣へと差し出した。

「悠ー斗くん?もしかして口止めとかされちゃって…」

「麻ー衣?もう約束忘れちゃったの?」

 手の中からグラスを抜き取られてしまった。

 後ろを振り返るとグラスを持って少し怒った顔を見せている陸が立っていた。

「悠斗あとは俺やるから外して?」

「あ…はい」

 悠斗が立ち上がると入れ替わるようにして陸は麻衣の隣に座った。

 今度は麻衣が気まずい顔をして視線を泳がせた。

「昨夜あんなに飲んだんだから今日はウーロン茶だけ」

 陸はウーロンハイを下げて自分と麻衣の分のウーロン茶を用意した。
 
「朝よりだいぶ気分が良さそうだね」

 顔は笑っているけれどその声は嫌味たっぷりだった。

 麻衣は少し拗ねた様な顔で陸を恨めしそうに見た。

(もう…聞けなくなっちゃった…)

「それよりも…麻衣?」

「なぁに?」

「悠斗のこと色仕掛けで落とそうとしてたよね?」

「え?あ…それは…」

 陸はさっきよりも怖い顔をして麻衣を見ている。

 それは違うとはっきり否定出来ないだけに麻衣は返事に困ってしまった。

「あーいうのは俺にも悠斗にも悪いと思わないの?」

 陸の言っている事は正しかった。

 悠斗の弱いところをわざと揺さぶるようにしてまで昨夜の事を聞きだそうとしていたのは事実。

 麻衣は言い訳も出来なくてシュンと落ち込んだ。

「まだ電車あるよね。今日は一人で帰って?」

 陸は腕時計で時間を見ると麻衣の返事を待たずにチェックしてしまった。



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