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『最強ひこ星!?』

「菊ちゃん、まだやってく?」

「えーっと…もう少し」

「俺達もう帰るけど…菊ちゃんもそれ明日にして一緒に飯食ってかない?」

 和真がパソコンに向かっていると仕事を終らせた山下の声が聞こえてきた。

 和真は顔を上げずに耳だけを傾けている。

「あーもう少しでこ終わりそうなんでやっちゃいます!また今度誘って下さい!」

 キーボードを打つ指が止まった。

 社交辞令だと分かっていても気分が悪い。

「分かった。あんまり遅くならないようにね。お先に」

「お疲れ様でしたー!」

 かのこの明るい声がフロアに響く。

「課長、お先に失礼します」

「えぇ…お疲れ様でした」

 和真は顔を上げて声を掛けた。

 パソコンの画面に視線を戻す前にチラッとかのこを見るともう真剣な表情で仕事をしている。

 もともと仕事には真剣に取り組む方らしく部下としては頼もしい。

 かのこが書類を整える音と和真のキーボードの音、それに離れた別の部署の話し声が聞こえる。

 静かな夜だった。

 仕事を片付けた和真が顔を上げるとかのこの姿が見えなかった。

 そういえば少し前から書類の音も聞こえてきてない。

(帰ったのか?)

 だがさすがに挨拶もなしに帰るとは思えない。

 和真はキョロキョロと辺りを見渡した。

 すると窓際にぼんやりと立っているかのこの姿を見つけホッとすると近寄った。

「菊原さん、どうしたんですか?」

「あ…えっとぉ…曇ってるなぁと思って」

 かのこの言ってる事が分からなかった。

 曇ってるといっても今は夜で窓から見えるのは周りのビルの明かりと下を走る車のライトくらいだ。

「今年も会えないんですかねぇ…」

「誰とだ?」

「おり姫様とひこ星様ですよー」

「はっ?」

 頭の中には?マークが飛び交った。

 時々かのこの言ってる事を理解出来ない事があってまたその類かと思っていたがようやく言葉の意味が分かった。

 腕時計の日にちを確認する。

「七夕か…」

 アメリカにいる時にはまったく気にも留めていなかった。

 それに何かをしたという記憶がほとんどないせいか存在自体忘れそうになっていた。

「晴れないと会えないじゃないですかー」

 一年に一度だけ逢うことを許されるか…。

 何ともロマンチックだが悲しい中国の七夕伝説だった。

「そんな男たかが知れてる」

「え?」

「天帝の命だか知らないが自分の女と引き離された上一年に一度の逢瀬に甘んじる男だ。それだけの男だろ」

「そう言われれば…そんな気もしますけど…じゃあ課長…和真だったらどうするんですか?」

 小さな声で名前に言い替えている。

「命に背いて人間界に落とされたとしても離れないな」

「それは…織り姫も一緒にって事ですか?なんかそれじゃ可哀相…地上で離れちゃったら意味ないじゃないですか」

「そこまで好きあってる二人ならたとえ姿かたちが変わったとしても分かるだろ」

「どうやってですか?」

「ココが憶えてるだろ?」

 和真はかのこの胸を指差した。

「それに俺が選ぶ女は他の男に惚れるわけないしな」

「え…っ」

 かのこはポッと頬を染めた。

 その反応が可愛くて和真は声を潜めて囁いた。

「もし思い出せなかった時は体に聞いてやるよ。思い出せるまで何度もな」

 淫らな囁きにかのこのうなじが真っ赤に染まる。

 和真はツツ…と指を這わす。

「…っ」

「忘れないように今夜はたっぷり教えてやる」

 俯くかのこの頭上には切れた雲の合間から星が瞬いていた。


end



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