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『願い事は…』

 7月7日、七夕。
 見上げる空は曇り空。
 子供頃には短冊に願い事を書き笹に吊るして夕方から空を見上げて星が出るのを待っていたのを憶えている。

 大人になった今。

 麻衣は後片付けをしながらテレビから流れるお天気キャスターの七夕と天気の話に耳を傾けていた。

 本州ではこの時期ちょうど梅雨と重なって晴れる事は少ない。

 麻衣もこの日に晴れた夜空を見上げた記憶はほとんどなかった。

「そろそろ…寝ようかな」

 もうすぐ0時になろうとしている。

 風呂に入って部屋を片付けベッドへ潜り込む、たまには眠くなるまで本を読んだりする。

 今でも一人暮らしの時とほとんど生活のスタイルは変わらない。

 変わった事は…

 朝起きた時に恋人が隣で眠っている事。 

 おはようとキスを交わす事

 行ってらっしゃいと見送られて仕事に行く事。


 7月8日、AM6:00

 いつものようにアラームが鳴る少し前に目が覚めてアラームが鳴らないように解除する。

 一緒に暮らすようになってから身に付いた。

 夜中に帰って来る陸を起こしたくないと思っての事だったが陸は必ず仕事に行くまでには一度目を覚ます。

 隣を見ると寝癖の付いた髪で横を向いて眠っている。

 まだ21歳、寝顔には少し幼さも残っているれど夜になれば立派にホストの顔をする。

 麻衣はしばらく陸の寝顔を眺めた後ベッドを下りた。

 立ち上がるとベッドヘッドに置いてあるモノに気が付いた。

「これって…」

 麻衣はそれをそっと手に取った。

 シャラと少し音がした。

 1mほどの作り物の笹に昔懐かしい吹流しやイチゴやかぶらの形をした紙でんぐりなどが吊るしてあった。

 麻衣は少し不恰好の切子に手を触れる。

 小学生の頃、兄と一緒に飾った事を思い出した。

 そして色紙の短冊がこよりで枝に何枚も結んである。

 麻衣は一枚を手に取った。

 【ハゲませんように 陸】 

 思わずプッと吹き出した。

 店で七夕のイベントをやると言っていたのでそれを貰ってきたようだ。

 他の短冊にも手を伸ばした。

 【宝くじが当たりますように】
 【メタボになりませんように】
 【ガソリン代が安くなりますように】
 【オリンピックに出てみたい】

「なーにこれー」

 それはすべて陸の字で書き綴られている。

 どうせまた酔っ払いながら書いたんだろうとクスクス笑った。

「え…っ」

 他の短冊に自分の名前を見つけた。

 【麻衣が健康でいますように】
 【麻衣がいつも笑っていられますように】
 【麻衣がもっと好きになってくれますように】

 じんわりと目頭が熱くなる。

「もしー俺がひこ星で麻衣が織り姫だったら絶対離れるような事しないね。仕事もすっげぇ頑張ってー麻衣の事もすっげぇ大事にしてー二人の事は絶対誰にも邪魔させないんだ」

 いつの間にか起きた陸に後ろから抱きしめられた。

「本当はこんなの短冊に書かなくてもいいんだけどね、願わなくてもそうなるに決まってるから」

 陸は麻衣の名前の入った短冊を手に取った。

「でも書いた方が雰囲気出るね」

「もしかして…これお店に飾ったの?」

「まさか!店終わってから余ってた短冊で書いたんだよ。ただコレ持ってタクシーは恥ずかしかった」

「結構大きいしね」

 麻衣は抱きしめる陸の手に自分の手を重ねた。

 二人は指を絡ませる。

「麻衣は何か願い事はある?」

「んー私がおばあちゃんになっても陸が抱きしめてくれますように…かな」

 麻衣はクスクスと笑った。

 陸も一緒に笑う。

「それなら大丈夫だよ。だって俺生涯現役だもん、じいちゃんになっても目指せ週一!」

「…なんかちょっと違う」

「ってそれは冗談だけどさ。いつまでも抱きしめてあげる」

 それと…と陸は一度を言葉を切った。

「もし、もし…麻衣が先に逝く事になっても最期のその時まで俺の腕の中に抱きしめながら一緒にいるよ」

 少し大げさな話。

 でも嬉しい。

 麻衣は小さな声でありがとうと言った。

「麻衣、おはよ」

「おはよう、陸」

 いつものようにおはようのキスを交わす。

 願い事がいくつあっても二人が心から願うことはただ一つ。

 『ずっと一緒にいられますように』


end



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