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『お忍びデート』
「少しだけでも顔を見ようかと…」
「でもこんな時間に…」
「えぇ…危険は承知の上です」
「そこまでして会いに?」
「また明日から当分忙しくて会いにこれないので…あ、それとこれを渡したくて…」
7/7 PM11:00−岡山家玄関−
珠子の母、睦美は周りに神経を張り巡らせながら若い男から小さな包みを受け取る。
そして睦美は心配そうな顔でその後ろ姿を見送った。
男は足音を忍ばせて小さなリースの掛かるドアの前に立つと周りを警戒しながらドアを開けた。
「アッ!!」
「シーーッ」
人差し指を口に当てて静かにドアを閉めた。
ベッドにもたれながらマンガを読んでいた珠子は目を丸くしている。
「庸ちゃん?」
「ヨッ!」
二人は声を潜めながら言葉を交わす。
庸介は珠子の横に腰を下ろすとフーッと安堵のため息を吐いた。
「お兄ちゃんに見つからなかったの?」
「睦美さんにワイロ渡してきた」
「もーママは庸ちゃんには弱いからなぁ」
兄の拓朗は珠子と庸介が一つの部屋に二人きりになる事に激しく反対している。
幼馴染みで親友であろうが珠子の事になると話は別らしい。
「でもどーしたの?わざわざこんな時間に」
「おいおい、せっかく会いに来た彼氏にそれか?」
「だってぇ…」
「今日は何の日だ?」
「今日?えっと…ぉ…7月7日……あっ!七夕だっ!」
「シーーッ!声がでけぇよ」
珠子は慌てて口を塞ぐ。
二人で息を殺して隣の部屋の様子を窺う。
何の音も聞こえないのを確認するとホッと緊張を解いた。
「庸ちゃん、七夕だから来てくれたの?」
「タマが寂しいよーって泣いてるといけないからな」
「もうっ!子供じゃないもん!」
「そういやガキの頃は一緒に短冊とか書いたよなー?」
「えー?そうだっけ?」
「そりゃタマがバカだから憶えてねぇだけだろ」
ひどい!と珠子は庸介をポカポカと叩いた。
パンパンに頬を膨らませる珠子を見て庸介は肩を揺らしながら笑った。
一年に一回…とまでは言わないが忙しい庸介との大切な逢瀬。
二人は束の間の二人きりの時を静かに過ごす。
「タマは願い事あるか?」
「えーっとね、庸ちゃんともっと会えますように。庸ちゃんは?」
「俺か?俺はータマと八月の花火大会一緒に行けますように」
「庸ちゃん、もしかして…」
「あぁ、仕事入れないから今年は絶対行くぞ?」
「ほんと!?やったぁ!私、ぜーったい浴衣着て行くからね!」
珠子は本当に嬉しそうに喜んでいる。
庸介は目を細めて珠子の横顔を眺めた。
「庸ちゃん…ありがとね」
珠子は真っ直ぐ庸介の顔を見上げた。
その純真な珠子の顔に見惚れピンク色の小さな唇に目が奪われる。
(キスくらい…)
22歳そのありあまる若さを溜め込むには少々酷な話。
しかもパジャマ姿はあまりに刺激的だった。
「なぁ…タマ?」
庸介はタマの肩を抱こうと手を伸ばした。
バン!バン!バン!
バババババンッ!!
いきなりすごい音と共に部屋の窓ガラスが激しく揺れた。
「きゃぁぁっ!」
珠子は悲鳴を上げて庸介に抱きついた。
庸介も珠子を守るようにしっかりと抱きしめる。
「何だ?」
変質者か?強盗か?
庸介は身構え珠子を部屋の隅へ行かせると窓に近づいた。
「庸ちゃん…危ないよぉ…」
「大丈夫だ」
庸介は思い切ってカーテンを開けた。
「ヨォォスケェェェッ!!!」
まるで獣のような咆哮を上げているのは拓朗だった。
窓にぴったりと張り付いている。
庸介は慌ててカーテンを閉めるとドアの所に立つ珠子の所へ急ぐ。
「よ、庸ちゃん…」
「しばらく忙しくなるけどメールする。じゃあな、おやすみ!」
「あ…おやす…みぃー」
庸介は風のように部屋を飛び出して階段を駆け下りていく。
そしてそれに続くように珠子の部屋の前を激しい足音が通り過ぎていく。
「お邪魔しましたー!」
「くぉらぁぁっ!俺の許可もなしに部屋で二人きりになるとはいい度胸だーーっ!」
7月7日更けゆく夜の街に二人の声が響き渡った。
end
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