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『仕事中なんです』

 書庫整理の日

 営業一課総出で資料室の整理を行う事になった。

「あれ?二課の資料がこんな所にあるー」

「ったくしょうがないなぁ…貸して二課の棚に置いてくる」

 かのこが違う部署のダンボールを見つけると山下がひょいと持ち上げて運んで行った。

(かなり重かったんだけど…)

 軽々と持ち上げた山下を驚きながら見つめた。

 就職してから力も付いてきたけどやはり男の人には敵わないのかな?と肘を曲げて力こぶを作ってみた。

 ほんのわずかだかこぶが出来て指で触って確認する。

(おぉっ…結構いい感じ?)

 思わずニンマリと微笑んだ。

「何をしてるんですか?」

「ひぁぁっ!」

 耳にフゥッと息を掛けられてかのこは悲鳴を上げた。

 心臓をバクバクさせながら振り返るとそこにはニコニコと“課長の顔”で微笑む和真が立っていた。

「き、如月課長…」

「楽しそうでしたね?」

「見て…たんですか?」

 秘め事をこっそり覗かれたような感じで気恥ずかしい。

 恥ずかしさで真っ直ぐ和真の顔を見る事が出来なくて視線を泳がせた。

「体鍛えてるんですか?」

「そういうわけじゃないんですけど…」

 かのことしては早く話題を変えたいのに和真は変える気がないらしい。

 少しばかり“いつもの”意地悪な笑顔が見え隠れしている。

「力など付けなくても守ってくれる男性がいますよ。違いますか?」

 和真はあくまで優しい口調で語りかけてにっこり微笑む。

(何て返事すればいいんだろう…)

 その男性は和真だと思って「そうですね」と返事をしてもいいのだろうかとかのこは悩んだ。

「そう…だと嬉しいです」

 なんとも当たり障りのない返事になってしまった。

「課長ー!すみませーん!」

 少し離れた場所から呼ばれる声に和真は返事をすると行ってしまった。

 かのこはホゥーと息を吐いた。

(何あれ…課長バージョンだとどうしてあんなのに格好いいの?)

 同一人物だと分かっていても仕事中の和真はまるで別人のように紳士で優しくて見惚れてしまう。

 まだ胸がドキドキしている。

 だがかのこの胸のドキドキの原因はそれだけではなかった。

 いつも秘密の情事に使っている資料室というだけで色々思い出してしまって落ち着かないのだ。

 棚に手を付いて激しく後ろから突かれる自分の姿が頭の中に浮かび和真の荒い息づかいも思い出す。

 カァーッと耳の後ろの辺りが熱くなるのを感じた。

「もう!仕事中!仕事中!しっかりしなくちゃ!」

 パンパンと両頬を叩いて気合を入れた。

 かのこは資料の保存期限のチェックを再開した。

「うわぁ…結構あるなぁ」

 期限の切れたダンボールを横に積み上げていくと既に自分の身長と同じ高さの山が三列出来ていた。

 既に三分の二ほどを終えて残るのは手の届かない一番上の棚だった。

「下ろすのは後にしてチェックだけしようかな」

 かのこは上を向きながら期限をチェックして切れている箱には赤いマジックで印をつける。

「菊ちゃん、これ運んでいいやつ?」

 ダンボールの山の向こうから山下の声が聞こえた。

「はいっ!赤い印付けて積んであるのがそうですー」

「オッケー!運び出すね」

「お願いしまーす」

 高く積みあがったダンボールの山で姿が見えず声だけが届いた。

 ゴトッゴトッと音がするので運び出している最中だという事だけは分かった。

(あと少し…頑張ろうっと)

 かのこは気合をいれて作業に集中した。

「…さん、菊原さん」

「あー…はい」

 和真に呼ばれたがかのこは作業を続けたまま返事を返した。

「どうですか?」

「もう少しで終わりそうですー」

「結構ありましたね」

「えぇ…何年も整理してなかったみたいで…」

 作業の手を休める事なく背伸びをしながらダンボールを横にずらして奥の物も確認していく。

(あー…やっぱり見えないなぁ)

「すみません、脚立持ってきてもらえませんか?」

「…いいですよ。その前に確認して欲しい物があるんですが」

「はい?何でした…っ…んぅっ」

 ようやく作業の手を休めて顔を向けるとダンボールの山に手を付いて覆いかぶさるようにキスをされた。

 熱い舌が浅く深く激しく絡まりあう。

「…ッ…なにしてるんですかっ…」

 驚いて力いっぱい胸を押して顔を離すと周りを確認した。

 こんな所を誰かに見られたら大騒ぎになってしまう。

「お仕置きです。人と話す時は顔を見ないとダメですよ」

「…でもっ」

「口答えするんですか?」

「………」

「返事は?」

「…はい」

 棚とダンボールで出来た死角にかのこは追い込まれたまま和真に迫られた。

 ゆっくりと和真の顔が近づいてさっきよりも優しいキスを落として離れていく。

 頬と頬が触れるほど顔を近づけた和真が耳元で囁いた。

「体は鍛えないで下さいね。硬いのは好きじゃありませんから」

 課長の口調に戻った和真の声にドキッとする。

「硬い?」

「えぇ…女性の二の腕と胸の柔らかさは同じと聞いた事があります」

「…ッ!!な、な、何言ってるんですか!」

 驚いたかのこが体を動かした拍子に積まれていたダンボールがグラリと揺れた。

「菊原さん、気をつけないとダンボールの下敷きになりますよ」

 和真は倒れそうになったダンボールを手で押さえながらクスクスと笑っている。

(だ、誰のせいだと思って…)

「同じかどうか今夜確認してやるよ」

 ククッと喉の奥で笑う和真は口をパクパクさせているかのこの頬にキスをした。

「あー課長ー!大丈夫ですかー?手伝いますか?」

「あぁ…助かった。手伝ってもらえますか?」

 山下の声に和真が返事をした。

 山の向こうから山下の姿が現れて崩れかけたダンボールの山を直す。

「あれ?菊ちゃん?」

「や、山下さん…あのぉ…これは…」

「突然崩れてきてもう少しで菊原さんがダンボールの下敷きになるところだったんです」

 和真は台車にダンボールを積むのを手伝いながら答えた。

「自分より高く積むからだよ。気をつけないと!でも良かったなー課長が近くにいて!」

 山下は笑いながらかのこの頭をポンポンと叩いた。

(って…原因はこの人なんですけど!)

 涼しい顔してダンボールを持ち上げる和真を睨みつける。

「ちゃんと課長にお礼言った?」

「い、いえ…そのぉ」

「助けてもらったんだから言わないとダメだよ」

 二人のやり取りを和真はニヤニヤしながら見ていた。

「いいんですよ。大切な部下に怪我をさせるわけにはいきませんから」

 “課長の顔”をした和真がにっこり微笑む。

 悔しいけれど山下の手前お礼を言わないわけにはいかない。

「あ…りがとうございました」

 かのこは仕方がなく頭を下げた。

 頭を下げたままベーッと舌を出した。

(足…踏んづけちゃおうかな…)

 目の前にある和真の足が目に止まってニンマリしながらかのこはそぉっと片足を上げた。

「お前を守る男がいると言っただろ?」

 小さな小さな囁きはかのこの全身を蕩けさせるには十分だった。

 踏みつけようとしていた足は行き場を失って宙に浮いたままだった。


end 



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