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『ワガママ』

 俺はワガママだ。

 前はこんな風に思うことなんてなかったと思う。

 だけど麻衣と付き合うようになって自分がどれだけワガママな人間かという事を思い知らされる。

 賑わう店内で視線の先には背中を向ける麻衣の姿そして横には寄り添うように座る悠斗の姿。

 二人は楽しげに会話をして時々顔を見合わせている。

(分かってる…分かってんだけどなぁ)

 自分の隣に座る女性の相手をしながら麻衣と悠斗が気になって気もそぞろ。

 相手をする時間は少ないけれど店に来て欲しいと言ったのは俺。

 案の定忙しくて麻衣のいるテーブルになかなか付くことが出来なくてもう30分経つ。

 その間麻衣を一人にさせるわけにいかないから別のホストがつくのは当たり前。

 目の届く所に麻衣がいるのは安心出来る。

 だけど麻衣が他の男と楽しそうに話しているのは気に入らない。

(分かってる…分かってんだけどなぁ)

 悠斗が麻衣の髪を触るのが見えて思わず舌打ちしそうになる。

 麻衣が席を立つのが見えた行き先は多分…化粧室。

「ごめん、ちょっといい?」

「えぇー?どこ行くのぉ?私も行くー」

「来てもいいけど…さすがに見せんのは恥ずかしいんだけど?」

「恥ずかしいって何がー?」

「何がって見せるのが恥ずかしいって言ったらナニしかないだろ?」

「やぁーだぁー!陸のえっちぃー」

「だからお利巧に待ってろよ?」

「早く戻って来てよぉー?」

「分かったよ」

 手をヒラヒラ振りながら席を立った。


 化粧室の入り口の横で壁にもたれて出てくるとすぐに腕を引っ張り観葉植物を背にしながらなるべく姿が見えないように壁に押し付けた。

「何やってるの!」

「キスしたい」

「はぁ!?冗談言わないで!」

「冗談じゃない。キスしよ?」

「ダメ」

「したい」

「誰かに見られたらどうするの?」

「見られないよ。ジッと見なきゃ何してるかなんてわかんない」

「ココじゃダメだってば」

「やだ。今したい」

「後でね。今は我慢して?」

「無理。我慢出来ない…。ね?キスしよ?」

「ダメ…見つかっちゃう」

「大丈夫だって。ほら…顔上げて?あんまり長くこうしてると余計に怪しまれるよ?」

「でも…」

「俺とキスするのは嫌?」

「そんなわけないでしょ?だけど…」

「言う事聞かないなら無理矢理しちゃうよ?」

「だって…」

「もう黙って?」

 俯く顔に手を添えて上を向かせるとキスをした。

 触れるだけのキスで終わらせるつもりだったのに柔らかい唇に触れると次の瞬間には舌を差し入れていた。

 甘い香りに酔いしれながら舌を絡ませる。

 ようやく満足して顔を離した時には麻衣は瞳を潤ませていた。

 ほんのり頬を染めて瞳を潤ませる麻衣が堪らなく可愛くてもう一度唇を合わせて今度はすぐに離した。

「どうしよ…キスだけじゃ足んなくなった」

「…ダメだよ。ほら…早く仕事に戻って」

「ね…起きて待っててくれる?」

「明日は仕事」

「じゃあ…ここでしてもいい?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「なら起きて待ってて?早く帰るから…ね?お願い」

「……分かったから早く仕事戻って」

「ありがと」

 チュッと頬にキスをして麻衣から離れると客の元へと戻った。

 テーブルに戻って少しするとまだ顔の赤い麻衣が戻って来た。

 心配そうな顔をした悠斗が声を掛けて麻衣が笑顔で答えている。

 麻衣が顔を赤くさせている理由を知っているのは俺だけだという事が優越感と自信を与えてくれる。

 隣に座る客に笑顔を向けながらワガママな俺の頭の中はこの後の麻衣との時間の事しかなかった。

(仕事行けなくなるくらい激しくしてもいい?)

 
end



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