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『仏の顔も…』後編

 麻衣は「違うの」と首を横に振った。

「なぁ…もう許してよ。何怒ってるかだけでも教えて?」

「…少しでも栄養のバランスとか考えて…いつも作ってるのに…」

 ようやく麻衣が話し始めた。

 小さな呟くような声に二人は耳を傾ける。

「陸さん…ちゃんと美味しいとか言ってます?当たり前ーみたいな態度とってたりするんじゃないんですか?」

 悠斗が陸に耳打ちをする。

「言ってるに決まってんだろ?時間があれば片付けだって手伝うっつーの」

 陸の意外な一面だった。

 何もやらなさそうな顔をして後片付けをしている陸に悠斗は驚いた。

「麻衣が色々考えて作ってくれてるのは分かってるよ。いつもありがとね?どれも美味しいよ」

 何とか麻衣の機嫌を直そうと陸は必死になっていた。

 これ以上カップ麺の食事が続くのを阻止したい気持ちもあったがそれより何よりこの一週間まともに麻衣に触れていない。

 陸は手を払われないように気をつけながら麻衣の髪を撫でた。

「…美味しいってね。冷めても美味しいって言うよね?せっかく家に居る時くらい温かいご飯を食べてもらおうと思ってるのに…呼んでも呼んでもなかなか来ないで…」

(あれ…?なんかおかしい?)

 陸は麻衣の異変を察知して手を離した。

 陸と悠斗が一体何事かと顔を見合わせる。

「麺類だと伸びるのよ。揚げ物だってサクサク感がなくなっちゃうのに…」

 麻衣はボソボソと低い声で呟き続けている。

「いっつもいっつも…もうちょっと…とか…あとちょっと…もう行くよって言って来るのは10分後って!!!」

 効果音を付けるとしたらドドーンッ!かダダーンッ!かそんなとこだろう。

 しかも背景はドロドロしたものを背負ってるに違いない。

 陸と悠斗はポカーンと口を開けて麻衣を見た。

「いっつもゲームばっかりしてぇぇぇっ!!!」

 ついに麻衣の怒りが臨界点を突破した。

 と同時に麻衣の怒りの原因をようやく知ることが出来た陸。

 まだ何のことだかピンと来ていない悠斗。

(そういう事か。それならさ…)

 陸は麻衣の手を掴むと引っ張って歩き始めた。

「やだっ!離してよ!陸、陸!」

 麻衣は引きずられるように歩きながら陸の背中をバンバン叩いた。

 けれど陸は気にせずに麻衣を引っ張ってリビングへと連れて行った。

 悠斗はとりあえず二人についていく事しか出来ない。

「陸ってば!ちょっとぉ…」

 暴れる麻衣を床に座らせると陸は麻衣を抱えるように後ろに座った。

 後ろからがっちりと抱えられた麻衣が体を捩って陸を睨みつける。

 陸はゲームのコントローラーを手に取っていくつかボタンを押すと麻衣に持たせた。

「何これ!ゲームなんかやりません!」

 怒っている麻衣がコントローラーを投げつけようとするのを陸が手で押さえた。

「教えてあげる。ちゃんと両手で持って」

 小さなコントローラーを麻衣の両手に握らせる。

「ゲームなんかやった事ないし…それにアクションゲームなんて…」

「いーから」

 コントローラーを持ったまま固まる麻衣。

 陸は一番簡単なステージを選択するとゲームをスタートさせた。

 二つに分かれた画面の中で麻衣のキャラは一歩も動くことなく棒立ちになっている。

 そこへ敵が集まってきた。

「これを押すと攻撃出来るから…敵に向かって押して」

 陸は慌てることなく麻衣へコントローラーと敵の倒し方を教える。

 麻衣は画面と手元のコントローラーを交互に見ながら教えられたボタンをひたすら押した。

 ゲームの中の陸のキャラはまるで姫を守る騎士のように敵をどんどんなぎ倒していく。

「わっ!た、倒せたっ!」

 麻衣がようやく一人目の敵を倒して歓喜の声を上げた。

「そうそう!その調子だよ。こっちのスティックを前に倒すと前に進むからね」

 陸は麻衣のコントローラーに手を重ねて一緒に動かす。

 スティックを前に倒して麻衣のキャラはようやく動き始めた。

 ぎこちない動きだが前へ進んでは敵に武器を振り下ろしている。

 陸は麻衣を見てようやく微笑んだ。

 さっきまで怒っていた麻衣が画面に釘付けになって一生懸命ボタンを押している。

 ゲームのキャラにつられて体が右へ左へと傾いている。

 その姿があまりにも愛らしくて陸は手を止めて見惚れてしまった。

「陸さんっ!やばいっ!」

 後ろにいた悠斗の声にハッと我に返った。

 画面の中で麻衣のキャラが敵数十人に囲まれて動けなくなっている。

「もう…死んじゃうよ…」

 防御の方法も敵に囲まれた時の突破方法も知らない麻衣のキャラは何も出来ずにただ攻撃を受け続けていた。

 陸は慌ててコントローラーを握って自分のキャラを動かした。

 そして白馬の王子様の如く馬で駆けつけるとあらゆる技を駆使して数秒で敵を一掃した。

「もう大丈夫。ちゃんと俺が助けてあげるからね」

 陸は麻衣のこめかみにチュッとキスをする。

 麻衣は首を捻って笑顔で陸の顔を見た。

「ありがとね、陸」

「ま、麻衣…」

 一週間ぶりに見る麻衣の笑顔だった。

「麻衣ごめんな?ゲームに夢中になってて麻衣の気持ちとか全然考えてなかった。飯ん時はすぐに止めるから」

「私も…一週間もごめんね。ちょっとムキになっちゃってた。それに…陸が夢中になってたのもようやく分かったよ」

 二人は見つめあいながら微笑んだ。

 陸は思わずチュッと麻衣の唇に軽いキスをする。

 麻衣が嬉しそうに照れた笑顔を見せる。

「じゃあ最後までやろ?絶対に麻衣の事は俺が死なせないからね」

「うん!」

 二人はもう一度コントローラーを握り画面に視線を戻した。

 そして麻衣のキャラに寄り添うように陸のキャラが並びゲームを進めていった。

 時折顔を見合わせながら幸せそうに微笑む二人を邪魔するものは何もない…。


(…というより邪魔出来ねぇだろ!!)

 二人の背後に立ち尽くす悠斗の姿。

「俺って一体…ハァ」

 自分の存在意義って何だろうと思いながら涙が零れないように上を向いた。

end


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