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『仏の顔も…』前編

 −金曜の夜−

 ホストクラブCLUB ONEの店内はいつものように賑やかだった。

 しかしその店内の奥…スタッフルームの中で真剣な顔をして向かい合う男が二人。

「頼む…」

 滅多に見る事のない光景がそこにあった。

「な、何でですか…」

「何も聞かずに来てくれ」

 陸が悠斗の両手を握り締めて頭を下げていた。

 もう10分近くもこの状況が続いてさすがに悠斗も折れるしかなかった。

「明日の昼前に行けばいいんですね?」

「おう。遅れんなよ。絶対来いよ、分かったな?」

「わ、分かりましたけど…理由くらい…」

 悠斗が言い終わらないうちに陸はスタッフルームを後にして客の元へと向かった。

「一体…何なんだ?」

 悠斗は大きくため息を吐いた。

 週末の陸宅への誘いに一抹の不安を抱きながら悠斗もホールへと戻って行った。

 そして日付は変わり時刻は10時50分になろうとしている。

 陸はリビングのソファに座って時計を見ながらソワソワしていた。

(何やってんだよ!早く来いっつったのに)

 ジッとしていられずにゲーム機のスイッチを入れてコントローラーを握ると床に腰を下ろした。

 スタートボタンを押そうとした瞬間背後から近づく暗黒の気配。

「掃除機掛けたいんだけど」

 感情のこもらない声に陸は大人しくコントローラーを戻すとソファの上へと戻った。

 麻衣が無表情で掃除機をかけている。

 麻衣が怒ってかれこれ一週間経つが陸にはその原因が分からずに途方に暮れていた。

 自分で原因が分かるまで許しませんと宣言されてしまって理由を尋ねることも出来ない。

(さっぱり分からないんだよなぁ。つーかそこまで怒るような事したか?)

 チラッと麻衣の顔色を窺うように視線をやる。

 麻衣は朝から黙々と洗濯や掃除をしていて陸と会話をしようという気配すら感じられない。

 −ピンポーン−

(来たっ!)

 陸はようやくの待ち人にソファから飛び降りてロックを解除すると玄関で待ち構えた。

「よう!よく来たな!まぁ上がれよ」

 笑顔で悠斗を部屋へと招き入れた。

 あまりにいつもと違う態度に悠斗もさすがに不信感を拭えずに顔が引き攣っている。

「麻衣ー。悠斗来たよ」

「あれ…?悠斗くん、いらっしゃい」

 掃除をしていた麻衣が出て来て笑顔で二人の前に立った。

(作戦成功!!)

 陸は気付かれないように小さくガッツポーズをする。

「これ…美味しいって言ってた店のケーキっす。何が好きか分からなかったんで色々買って来ました」

「わぁーありがと!後で食べようね」

(悠斗ー!グッジョブ!!)

 麻衣はケーキの箱を受け取り笑顔で悠斗と言葉を交わしている。

「悠斗くん、お昼食べていってね」

「ありがとうございますっ!」

「よっしっ!!」

 陸はガッツポーズをしながら小さく声を発した。

「陸さん?」

「ハハハ…何でもねぇって!そうだ…この前ゲーム買ったんだけどさお前やる?」

「ゲームってこの前言ってたやつっすか?」

「マジでおもしれーんだって」

 陸と悠斗は麻衣を残してリビングへと向かう。

 この時の麻衣の顔を見ていたら事態はもっと早く好転していたかもしれないということに陸は気付くはずもなかった。




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