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『AM3:00』
ブブブ…
ベッドサイドのテーブルの上に置いてある携帯が青白く光りながら音を立てた。
和真は目を覚まして震え続ける携帯を手に伸ばした。
「チッ…」
暗闇に浮かび上がる液晶の文字に舌打ちをしながら通話ボタンを押した。
「Hello?」
耳に当てた携帯から静かな深夜には不釣合いなほど陽気な声が聞こえて来た。
「嫌がらせか?相変わらずだな多岐川」
「ツレナイネェ。久しぶりの友の声にもう少し感激したらどうだ?」
「あぁ…そっちも夜中の3時なら感激したかもな」
夜中の3時を少し過ぎて掛かってきた電話はニューヨークから。
和真は少し声を落として喋りながら体を起こすと背中にクッションを当ててもたれた。
テーブルに手を伸ばしてタバコを掴み火を点ける。
ライターの明かりが一瞬だけ部屋の中をボンヤリと照らした。
「こんな時間にビッグニュースか?」
「喜べ!来月仕事で日本へ行くことになった」
「…どこがビッグニュースだ」
「おいおい…久しぶりの友との再会が嬉しくないのか?」
「メールにしろよ。こんな時間に電話しやがって」
和真はため息を吐きながら煙を吐き出した。
「もしかして…いいとこだったか?ホテルのスイートか?」
イヒヒ…と下品な笑い声が聞こえてくる。
「自分のマンションだ」
「なんだなんだー?そっちは金曜の夜だろ?もしかして日本に戻って品行方正のお坊ちゃまにでもなったか?」
「ったく相変わらずだな」
久しぶりに聞く多岐川の軽い喋りに和真は笑いを漏らした。
「俺はいつでも品行方正のお坊ちゃまだろ?」
「おいおい…お前はもしかして如月の声にそっくりな別人か?こんな時間に自分のベッドでおねんねなんてありえないだろ」
「寝心地は悪くないからな」
和真はククッと喉の奥で笑った。
電話の向こうの多岐川が静かになった。
「…お前まさか自分の部屋に女連れ込んでたりしないよな?」
「さぁな」
「日本の湿気に頭やられたか!?」
電話口で大声を出されて和真は顔を顰めながら携帯を離した。
話しても何を喋っているのかハッキリと聞き取れる。
「そろそろ切るぞ」
「おい…お前まさか本当に女連れ込んでんのか?」
和真はタバコを灰皿の中へ押し付けた。
めくれた布団を直しながら体を潜り込ませた。
温かいぬくもりが伝わってくる。
「あれほど自分のテリトリーに他人を入れるのを嫌がってた奴がどういう心境の変化だよ」
驚きを隠せない様子の多岐川が興奮した様子で捲くし立てた。
「他人じゃなきゃ別に構わないさ」
「って…恋人か?恋人が出来たのか!?」
「声落とせよ。何時だと思ってんだ…起きるだろう」
「マジかよ。………電話してる横で熟睡出来る女ってどんなやつだよ」
「少し無理させたからな」
和真は横向きで眠るかのこの髪を撫でた。
数時間前のかのこを思い出すと自然と口元が緩んだ。
「相当いい女なんだな?どっかのご令嬢かそうじゃなかったらモデルか客室乗務員か?」
「車の運転が下手な俺の部下だよ。それじゃあな」
和真は相手の返事を待たずに電話を切った。
念を入れて携帯の電源も落としてテーブルに戻した。
「昔の俺を知ったらお前は…」
和真はかのこの体を抱き寄せて髪にキスをした。
もぞもぞと動いたかのこが和真の胸に顔を埋めるように寄り添ってきた。
「それでも俺はお前を離せないだろうな」
一度手に入れてしまったこのぬくもりを手放すことは出来ない。
心の奥で芽生えた激しくうねるような感情、俺にもこんな激しい部分があるのだと教えてくれた。
お前と出会えたからだな。
和真はかのこを腕の中に包み込みながら目を閉じた。
end
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