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『アイアイ傘◇和真×かのこ』

 空を見上げて途方に暮れている後ろ姿を眺めること約10分。

 表情は見えなくても考えている事くらい簡単に想像出来る。

 きっと歩いて5分の駅までの道を傘を差さずに走ろうか、それともかもしかしたら止むかもしれないと心の中で願掛けをしているか…。

(ほんとバカだな)

 これ以上眺めていても状況は変わらないだろうと歩き出した。

「どうしたんですか?」

 隣に立って声を掛けた。

「か、課長〜〜〜っ!」

 これまた想像通りのリアクションで振り返るかのこの姿。

 まるで救いの神が現れた…とでも言いたげな期待に満ちた瞳で見上げてくる。

 その姿はまるで尻尾を振り立てる子犬にも見える。

「午後から降ると天気予報で…」

「今日は当たらないと思ったんです!」

 拳を握って鼻息を荒くする理由が分からない。

 気象予報士を占い師と勘違いして今日の○○占いと同じ感覚で見ているんじゃないかとさえ思えてくる。

「あれ?そう言えば今日は車じゃないんですか?」

「えぇ…会食があって車は置いてきたんです」

 かのこの質問に答えながら傘を開いた。

 濃いグリーンの傘がポンッと勢いよく開くと一歩踏み出して振り返った。

「気を付けて帰って下さいね。それではお先に」

 驚いた表情で口をパクパクと動かすかのこの姿を見てフッと笑うと駅へと歩き始める。

 一歩二歩…強い雨粒が傘に当たる音を聞きながら少し歩くと振り返った。

 かのこは一歩も動いていないその場所で今度は空も見上げず俯いている。

(バカな子ほど可愛いとはよく言ったもんだな)

 駅まで一緒にの一言を待っていたのに置いていかれてましてや駅まで一緒にの一言さえも言えない恋人の打ちひしがれる姿。

 もう少し見ていたい気分だったがかのこの後ろから山下の姿が近づくのが見えて予定を変更した。

「バカが。いつまでそうしてる気だ」

 俯くかのこの前に立って囁くように声を掛ける。

 勢いよく顔を上げるかのこはパァッと弾けるような笑顔。

「早く行くぞ」

「はいっ!」

 かのこは嬉しそうに俺の横に並ぶと締まらない笑顔で見上げてくる。

 この笑顔もさっきの姿も全部俺にだけ向けていればいいと思う自分は醜いほど独占欲の塊なのだと気付かされる。

(参ったな…)

 隣を歩くかのこは遠慮がちに少し離れているせいか反対側の肩が濡れている。

 社内恋愛で秘密にしているとはいえそのいじらしい姿に堪らなく愛しさが込み上げる。

「濡れるだろ。もっとこっちに来い」

 乱暴に腕を引っ張って引き寄せた。

 お互いの腕が触れながら歩く駅までの道のりはあっという間に終わってしまった。

「あ、ありがとう…ございました!」

 かのこは深々と頭を下げる。

 周りにチラホラと同じ会社の人間がいるから仕方がないと和真はにっこり微笑んだ。

「傘は使って下さい。家に帰るまでに濡れてしまうといけませんから」

「で、でも…それじゃあ課長が…」

「大丈夫ですよ。帰りはタクシーですし遠慮せずに使って下さい」

 そう言って傘を差し出した。

 かのこがもう一度深々と頭を下げて傘を受け取ると和真は傘の柄の部分にキーホルダーを引っ掛けた。

 不思議そうに首を傾げるかのこにだけ聞こえるような小さな声で囁いた。

「今日中に返しに来い。俺が帰るまで寝るなよ」

 それだけ言うとかのこをその場に残して歩き始めた。

 少し歩いて振り返ってもまだ同じ場所に立って呆けた顔でぼんやりしている。

(ったく…バカ面だな)

 いつ渡そうかと迷っていた合鍵をこんなスムーズに渡せるなら雨も悪くないなと微笑んだ。

end



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