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『アイアイ傘◇庸介×珠子』

 久しぶりのオフなのに雨。

 久しぶりのデートなのに雨。

 雨なら映画とかボーリングとか水族館とか遊ぶ所は色々あるけれどこの前の事を思うと踏み切れない。

 それで仕方がなくというか当然というか選んだのは家デート。

 なのにこの雨の中俺達は車の中にいる。

 借りて来たDVDを持って歩いて三分のタマの家に行ったのが約一時間前の出来事。

「ヨウちゃん!ドライブ行こうよ!」

 玄関で俺を出迎えてくれたタマの第一声。

 そして歩いて来た道を引き返して車に乗って再びタマの家に向かって今に至る。

 ワイパーを止める事なく動かさないといけないほどの雨なのにドライブもなにもあったもんじゃない。

 それでも楽しむタマを家に帰ろうと何とか説き伏せたが平日の夕方のラッシュに巻き込まれて未だ渋滞の列の中だ。

 折角のオフなのに一体何をしてるんだか…とため息を吐きたくなる。

「タマ、さっきから何見てんだ?」

 静かになったタマを見ると窓の外をジッと見つめている。

「あれってナンパかな?」

 アレと指差した先には男女の姿。

 女が傘を差して男が店先に立って笑顔で何か話し掛けている。

(まぁ…たぶんナンパだろうな)

 男の方は見るからに遊んでそうな風貌もしかしたら水商売かもしれない、それに比べて女の方はOLさんといった感じだ。

「あっ…」

 タマが声を上げたので車が動きそうにないのを確認して一緒に窓の外見る。

 男が嬉しそうな顔で女の傘に入っている。

(上手くいったみたいだな)

 庸介はタマと一緒になって事の成り行きを見守っている。

「「アッ…」」

 二人は同時に声を上げて顔を見合わせた。

 何があったのか分からないが男が傘を持って突然一人で歩き始めてそれを女が追い掛けている。

 ただのナンパだと思っていただけに二人の関係が気になった。

「わぁーなんか格好いいー」

 男が雨に濡れた女をハンカチで拭いているだけだ。

 それなのにタマは目を輝かせてウットリと見つめている。

(ありゃ絶対ホストだな)

 ケッと心の中で悪態を吐きながらタマの横顔と外の様子を眺める。

 男が差していた傘が傾いて二人の姿が隠れたと思ったら女の足が背伸びをしたまま動かなくなった。

(おぉ!?)

 庸介は思わず体を乗り出して外の二人を食い入るように見た。

「あれっ?どうしたんだろう」

 助手席でタマが不思議そうに首を傾げている。

「お子様のタマにはまだ知らなくてもいい事だよ」

「すぐ子供扱いしてっ!ヨウちゃん前!」

 庸介が頭を撫でるとタマはプゥと頬を膨らませながら動き出した車の列を指差した。

 はいはいと返事をしてあの二人がどうなるのか気になりながらブレーキから足を離した。

 渋滞を抜けてタマの家の前に着くと車を止めた。

「降りて。車置いてから来るから」

「いい。私もヨウちゃん家行く」

「何言ってんだ?DVDはタマん家に置いてきただろ、見ないのか?」

「見るよ!」

「だったら降りろよ」

「いいの!私もヨウちゃんと一緒に行く」

 頑なに降りるのを拒む珠子に負けて乗せたまま家に向かった。

 車庫に止めて車を降りると先に下りたタマが傘を差して待っている。

 その顔はなぜか満面の笑顔。

「はいっ!」

 そう言いながら傘を差し出すタマの姿を見て何がしたかったのかようやく分かった。

 庸介は何も言わずにタマの傘の中に入る。

「…なぁ。無理があるだろ」

「むぅ〜〜〜〜」

 身長差のあるタマが差す傘の中に入ろうと思うと腰を屈めるというよりしゃがむという表現の方が正しいかもしれない。

 けれどタマは精一杯手を伸ばして傘を差そうとしている。

「俺が持つから傘貸してみろ」

 少し膨れっ面のタマから傘を奪うと歩き始めた。

 けれど庸介が傘を差す位置ではタマにとって傘は傘としての役目を果たしてくれない。

「すぐ着くんだしいいだろ。俺だって傘持ってるし」

「えーーーっ。だって…」

 さっき見かけた二人のようにアイアイ傘がしたいというタマの気持ちは分かっているけれど無理があるのだから仕方がない。

(そんな顔で見るなよな…)

 下からの縋るような視線に弱い庸介は苦し紛れにある事を思いついた。

「タマ傘持ってろ」

「えっ?何、何なの?」

 強引に傘を握らせるとタマに背中を向けてしゃがみ込んだ。

「おんぶ。ほら早くしろ」

 訳が分からないタマを急かして首に腕を回させるとタマを背負ったまま立ち上がった。

「これなら二人とも濡れないだろ?」

 一瞬ポカンとしていたタマも笑顔になって頷いた。

 タマの家の前に着くと家の中から出てきた拓朗が不思議そうな顔で二人を眺めた。

「お前ら何やってんの?」

「アイアイ傘!」

 嬉しそうにはしゃぐタマを庸介と拓朗は優しい眼差しで見つめていた。

 end



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