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『不審車に注意!?』

 私は大丈夫。

 怖いよねぇ…とテレビから流れるニュースはあまり現実味がなくて他人事に感じていた。

 だから実際にそういう場面に出くわしても他人事みたいで対処の方法が分からない。

 まさに今がそうなんだけど…。

「麻衣先輩…やっぱり怪しいですよね?」

「で、でも…気のせいじゃないの?」

 今日もいつもと変わらない午後…になるはずだった。

 麻衣を含めた女子社員四人は声を潜めて顔を引き攣らせながらお互いの顔を見合わせた。

 事の発端は数日前の後輩の何気ない一言まで遡る。

「あの白い車…毎日停まってるよねー」

 その視線の先には路上駐車していた白い軽自動車。

「そう?たまたまじゃない?」

「えーでもぉ…もう一週間くらい続けて停まってるし、中に人が乗ってるみたいなんですよねぇ」

「営業マンが昼寝でもしてるんじゃない?ほら、仕事、仕事」

 その時は麻衣も特に気に留めなかった。

 けれど次の日何気なく見るとまたその白い車が停まっていた。

 そして次の日も…また次の日も…。

 遠目ではっきり見えないけれど中に人が乗っているのは分かっている。

「気のせいなんかじゃないです!昨日の夕方事務所の横を通り過ぎる時にこっち見てたんですぅ!」

 その怪しい車は決まって午後になると姿を現して数時間そこに停まって夕方には走り去る。

 それが昨日の夕方は中に乗ってる人物が事務所の中を覗きながら走り去って行くのを後輩が目撃してしまった。

「すっごい怪しいんです!帽子被ってサングラスで…もしかしたらストーカー…」

「嫌ーーー!誰、誰のー?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいって!まだそう決まったわけじゃないんだから」

「でもでも!麻衣先輩だって怪しいって思いますよね?」

 後輩達に詰め寄られて麻衣もさすがに言葉を失う。

 確かに怪しいとは思ってはいるけれどそれは憶測に過ぎない。

 偶然が重なって勝手な想像を作り出しているだけかもしれないのにストーカーなんて決め付けては…。

「あ!ほら…今日も来ましたよ!」

 その言葉で外に目をやるといつもの白い軽自動車がいつものように路上駐車の列に並ぶ。

 中には男性だと思われる人が一人だけ。

 いつものように帽子を被ってサングラスを掛けている。

 後輩はざわめきたってとても仕事どころではなくなってしまった。

(困ったなぁ…)

 麻衣は悩んだあげくある決意をした。

「私が行って様子見てくるから」

「エェーーッ!!危ないですって!襲われたらどうするんですか!」

「万が一なんかあったらすぐにヤスさん呼んで?」

 現場にいる一番強面のヤスさんを指差した。

 何でもなければ近付いても反応する事はないだろうし、もし…みんなが言うように誰かのストーカーならたぶん良くも悪くも反応するはず。

「ちょっと行って来るね」

 心配する後輩達の視線を受けながら麻衣は事務所を出て車に向かって歩き出した。

 横を通り過ぎながら中を観察するくらいなら平気よね…。

 後輩の手前少し強がってしまった事を今さら後悔した。

 ゆっくり、確実に車との距離が縮んでいくと麻衣の鼓動も徐々に早くなり手の平がじっとりしてきた。

(あ…)

 かなり距離が近くなって来て相手が反応を示した。

 なぜか被っていた帽子をさらに目深に被り直し車のエンジンを掛けたのだ。

 そしてもう少しという所で車はゆっくりと動き出して麻衣の横を通り過ぎた。

 麻衣は通り過ぎる車の中の人物を見て違和感を感じた。


「やっぱり怪しいよね!」

「麻衣先輩が近付いてったから逃げ出したんだよ!」

 事務所に麻衣が戻ると後輩達が色々と推理を立てていた。

 けれど麻衣はそれに参加する気にはなれずたださっき感じた違和感の正体を探っていた。


「なんか…すごい大事な事を見落としてる気がするなぁ」

「ん?何が?」

 その日の夜、仕事が休みの陸はソファに寝転がってテレビを見ていた。

「んーちょっと会社でねぇ…」

「え?な、何かあったの?」

「ううん、たいした事じゃないんだけど…気になる事があって」

「よ、良かったら俺…」

「大丈夫!先にお風呂入ってくるね」

 麻衣は立ち上がるとパジャマを取りに寝室へ向かった。

 パジャマや下着を準備しているとクローゼットの扉が服を挟んでいるのが見えた。

(陸の服かな。珍しいなぁ…)

 麻衣は扉を開けて服を中に入れると扉を閉めようとして手を止めた。

 視界に入ったのは黒い帽子。

 そして…今日の昼間感じた違和感の正体が分かってしまった。

(そういう事ねぇ…ふぅーん)

 麻衣はそれらを元あったように片付けると扉を閉めて風呂へと向かった。


「麻衣、そろそろ寝ようか?」

 陸が声を掛けて寝室へ向かうと麻衣も少し遅れて寝室へ向かった。

 麻衣が寝室へ入ると陸はベッドに寝転がって携帯を触っていた。

「陸…」

「んー?」

 携帯に視線を落としたまま返事を返す陸。

「陸」

 麻衣がもう一度声を掛けると陸は体を起こして麻衣の方へ向いた。

「…あ、あ…あぁ…」

 陸はクローゼットの前に立つ麻衣の姿を見て激しく動揺した。

 麻衣は帽子を被ってサングラスを掛けている。

「どうしたの?」

「え、えっと…あのぉ…」

 激しく動揺する陸を見て麻衣は帽子とサングラスを外した。

 怖い顔をしてベッドに近付いていくと陸が少しずつ後ずさりする。

「どういうこと?」

「な、何が…」

「しらばっくれてもムダです!」

「ヒィィィッ…」

 怖い顔をして仁王立ちをしている麻衣の威圧感に陸は顔を引き攣らせた。

「え、えっと…どうしてバレた?」

「ハンドル持った時に時計がチラッと見えたの。あんな時計持ってる人なんか普通居ないでしょ」

 麻衣が昼間見たのはハンドルを持つ手にしてあった特徴的な時計だった。

 それは前に陸がお客様からのプレゼントだと見せてくれたグラハムというブランドの時計。

 変わったレバーのような物が付いたクロノグラフ。

 一度見たらそれは忘れる事はない特徴的なフォルムの腕時計。

 時計の好きな陸もお気に入りの一つで仕事の時以外でも好んで付けている。

「どうしてあんな事してたの?」

 腰に手を当てた麻衣に鬼の形相で睨みつけられて陸は観念して洗いざらい白状した。

「ハァーーーッ」

 理由を聞いた麻衣はがっくりと肩を落としてベッドに座り込んだ。

 陸は正座して体を小さくしながら麻衣の顔色を窺うように上目遣いで麻衣を見た。

「ほんとごめん!そんな騒ぎになってるなんて思わなかったし…」

「うん、もういいよ。明日からは来ないでよ?すっごい目立ってたんだからね〜」

「…分かったよー」

「でも…毎日毎日よく飽きなかったね?」

 一通り話が済むと二人は一緒に布団の中に入った。

 いつものように差し出された腕に頭を乗せながら麻衣は居心地のいい場所を探す。

「飽きないよ。仕事してる麻衣はいつもとちょっと感じが違うけどやっぱり可愛い」

「なぁにそれー」

 麻衣がクスクス笑うと陸は落ち着く場所を見つけた麻衣の体を優しく包み込んだ。

 洗い立ての髪に頬を付けるように陸は麻衣に寄り添った。

「でも一番可愛い麻衣を俺は知ってるからいいんだ」

「一番?」

「そう。こうやって俺の腕の中にいる麻衣が一番可愛い。で…この後もっともっと可愛くなる」

 陸は麻衣の髪にちゅっとキスをする。

 麻衣は口元に笑みを浮かべながら顔を上げると首を伸ばして陸の顎にキスをする。

 それを合図に陸は麻衣の体に優しく覆いかぶさった。


 数日後−

「麻衣先輩ー、あの車来なくなりましたねぇ」

「そういえばそうだねー。何だったろうね?」

 麻衣は心の中でベッと舌を出した。

end



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