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『愛情が故の…』

「あー暇だ…」

 朝昼兼用の食事を済ませて食洗機に皿を入れた。

 新聞にも目を通した。

 郵便物もチェックした。

 部屋の掃除…必要ない。

 風呂…洗ってある。

 クリーニング…出したばかり。

 靴…ピカピカ。

 食料…十分ある。

「あー暇だ…」

 とりあえずつけたテレビもチャンネルを変えるだけで結局消した。

 リビングのソファに座ってボンヤリした。

「俺って前までは何してたっけ」

(また独り言だ…)

 静かな部屋が妙に広く感じる。

 それでも前のような殺風景で生活感のない部屋の面影はどこにも残っていない。

 麻衣と暮らすようになってきれいなライトグリーンのカーテンに変わった。

 それだけで部屋の雰囲気が大きく変わった。

 麻衣と暮らすようになって生活のリズムも大きく変わった。

(別に悪い事じゃないんだけどさ…)

 ただ一人いた時にはどうやって暇な時間を過ごしていたのか思い出せない。

 麻衣が仕事に行ってる平日の昼間。

 前だったらスーパーへ行ったりクリーニング出したり洗濯したり…とやる事があって時間が足りないくらいだった。

(それに同伴もアフターも今の比じゃないし)

 今は麻衣がいる。

 当然の事のように麻衣がすべてやってくれる。

「あー暇だ…」

 三度目の独り言。

 時計を見てもまだ13時過ぎたところで仕事にはまだ時間がある。

 ぼんやりする時間が多ければ当然頭に浮かぶのは麻衣のこと。

(何してんのかなぁ…変な男に声掛けられてねぇよなぁ)

 麻衣は仕事で会社にいると分かっていてもやはり気になるには変わりない。

(そうだ!)

 陸は思いついたように立ち上がると出掛ける為に着替えを始めた。


「よし!完璧だな!」

 鏡で自分の姿をチェックして大きく頷いた。

 財布と携帯と…車のキーっと。

 車のキーを持って動きが止まる。

(んー車はダメか。困ったな…歩きも…目立つしな)

「そうだ!レンタル!」

 陸は車のキーを戻すと軽い足取りで家を出た。


「ますます完璧!」

 車を運転しながらミラーで自分を確認する。

 運転するのは何の変哲もない白い軽自動車、もちろん自分の車ではなくてレンタカー。

 陸は逸る気持ちを抑えながら目的の場所へと急いだ。

(俺ってすごくない?)

 自分の発想もこの行動力も麻衣への深い愛情故と自画自賛。

 帽子を被りサングラスを掛けて車はレンタカー。

 怪しいことこの上ない格好で向かうは愛しい人が働く職場だった。

 一、二回しか行った事はなかったけれど場所はばっちり覚えている。

「あんまり近づくとバレるけど遠くちゃ見えないなぁ…」

 陸は麻衣の会社に近づくと車を止める場所を探した。

 幸いな事に麻衣は大きなビルの中にある会社ではなく小さな町の鉄工所。

 路上駐車も多いし繁華街と違って取締りもほとんどない。

 陸は事務所が覗ける位置に車を止めた、ちょうど前後に車が止まっていて小さな車はなお都合が良かった。

 陸は周りに気をつけながら事務所の中の様子を伺う。


「おっ!いたいた…」

 麻衣の会社は事務の女の子が四人、それに二、三人の営業に専務と社長とあと現場の人間が数名。

 こじんまりした会社で麻衣はもう10年近く働いている。

 事務所の中は男の姿はなく麻衣を含めた女子社員達が笑顔で言葉を交わしている。

「暇そうだなぁ…。仕事しないとダメだろぉ」

 陸はニコニコと笑顔で呟く。

 特に忙しい様子もなく笑顔で言葉を交わして時折席を立って書類を取ったりしている。

 陸は飽きる事なくその姿を眺めた。

「…っともうこんな時間か」

 事務所の中がバタバタを動き出すのを見て時計を見るともうすぐ終業時間が近づいている。

(今日はもう帰るか)

 麻衣が帰って来る前には帰って仕事へ行く準備をしなくてはいけない。

 陸はエンジンを掛けると車を発進させてわざとゆっくり事務所の横を通り過ぎた。

 もちろん横目で麻衣の姿を確認するのは怠らない。

 一番事務所に近づいた時麻衣の顔がはっきり見えた。

(やっぱり仕事してる時も可愛い!)

 大満足とばかりにニンマリしながら家路を急いだ。


 −次の日−

 すっかり味を占めた陸は昨日よりも早い時間から路駐の列に紛れて様子を伺う。

 昼になると女の子ばかりで麻衣が事務所から出て来た。

「ヤベッ!!」

 この時ばかりは焦って慌てて身を隠したが麻衣達は陸と反対の方へと歩いて行った。

 数分して手にはコンビニの袋を持って戻って来る。

 麻衣はまったく陸の存在に気付くことなく事務所へ入って行った。

 陸はその日も夕方まで麻衣ウォッチングすると満足気に家に帰った。


 その日の夜−

「陸ー?なんか良い事でもあったの?」

 夕飯の片付けを終えて陸のいるリビングに戻って来た麻衣が声を掛けた。

「どうして?」

 陸はソファに座ってテレビを見ながらデザートのフルーツに手を伸ばした。

 顔では平静を装いながら内心ドキドキだ。

 あんな事してるのがバレたら麻衣の事だから怒るに決まってる。

 だからこれは最重要機密事項で隠密に事を進めないといけないのだ。

「なんか嬉しそうな顔してるー」

 陸の横にちょこんと座った麻衣がニコッと首を傾げる。

「嬉しいに決まってるでしょー。仕事が休みで麻衣と一緒に居られるんだよ?」

(それだけじゃないんだけどね)

 チュッと唇を突き出してキスをする。

 目を開いたままの二人が笑顔になった。

「エッチもし放題…ね?」

「明日も仕事だからホドホド…にね?」

 二人は視線を絡ませたまま微笑むと今度は目を閉じて深く唇を重ねた。

 長く唇を重ねてから陸は麻衣を抱き上げて寝室へ向かう。

(明日も仕事…もちろん明日も…)

 陸の頭の中に仕事中の麻衣の姿を浮かべると腕の中の麻衣を見る。

「どうしたの?」

 麻衣の不思議そうな顔に陸は微笑を返す。

「ううん。明日もお仕事頑張ってね?」

 麻衣はますます不思議そうに首を傾げた。


end


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