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『案ずるより…』

 全然っ!楽しくないっ!

 陸の心はどんよりと重い雲が垂れ込めて今にも雨が降り出しそうだ。

 けれど今日は絶好のアウトドア日和。
 
 初夏のような陽気の中、公園内に設置された屋根付のバーベキューエリアで一際目立つ集団がいる。

 無駄にいい男達が頭にタオルを巻いてビール片手に肉を頬張っている。

 ただ一人陸だけが浮かない顔をして箸を握っている。

「陸?食べないのー?」

 麻衣もTシャツにジーンズというラフな格好に日焼け予防の為の防止を被っている。

 他にも何人か彼女を連れて来ている奴もいる、もちろん麻衣の親友の美咲も誠の隣に座っている。

「何、拗ねてるの?」

 麻衣は陸のサングラスを外すと笑いかけた。

 けれど陸は仏頂面でニコリともせず麻衣は小さくため息を吐いた。

「お茶じゃなくてジュースにする?」

 原因はこれだ。

 陸は運転手に借り出されている(その中に車と麻衣が含まれてる)ことが気に入らないのだ。

 全員がビールを飲んで陽気になっているのに自分一人だけが味気ないウーロン茶ばかりを口にしている。

「いいっ!」

 陸はプイッと顔を横に向けた。

 他にも車を出しているやつが数人いるけれど彼らは帰りの為にとちゃっかり彼女を連れてきている。

 けど…俺は…視界に入る笑顔の麻衣を見て思わずため息が出た。

「もぅ!だから帰りは私が運転するって言ってるのに!」

 目の前でため息を疲れた麻衣がムッとしながら水滴の滴る缶ビールを差し出した。

 その心をも奪われてしまいそうな誘惑にゴキュと喉を鳴らした。

(いや…ダメだっ!俺はまだ死にたくない)

「いらないっ!」

 陸は決死の覚悟で首を横に振る。

「もぅ〜この前はたまたまぶつけただけだし…高速なら真っ直ぐ走るだけだから大丈夫なのに…」

 麻衣のこの発言を聞いて絶対にハンドルを握らせないと改めて心に誓った。

 それでも目の前で繰り広げられる酔っ払いのどんちゃん騒ぎを黙ってみているのは屈辱だった。

「麻衣っ、付き合って!」

 陸は立ち上がると麻衣の手を引いて歩き始めた。

「ちょ、ちょっと…」

 麻衣は強引に後ろをしきりに気にしていたがすぐに諦めて陸の隣に並んで歩き始めた。

 公園内の遊歩道を歩く。

 山間部のせいか木陰に入ると空気が少しひんやりして気持ちが良かった。

「あっ!桜ソフトだって!」

 売店に掛かっているのれんを見つけて麻衣が手を引いて早足になる。

(さ、桜っ…忘れてたぁぁぁ!)

 今の今まですっかり頭から抜け落ちていたキーワードにさらに陸の気分は滅入った。

 あんな夢を見たばっかりに…。

 陸は大声で叫び出したくなった。

「陸も食べる?」

「え?あ、あぁ…俺はいいや」

(桜ソフトなんてそんな縁起の悪いもんなんか食えるか!)

 陸は心の中で毒づいた。

「桜ソフト一つ!」

 麻衣の歌い出しそうなご機嫌な声だけがせめてもの救いだ。

 麻衣が斜めに掛けた鞄から財布を出すより先に陸は財布から小銭を出した。

「ありがと!」

 嬉しそうに見上げる笑顔に思わずキスしたくなる。

 すっと腰を屈めて顔を近づける。

 けれどちょうど薄っすらとピンク色のソフトクリームを差し出されて陸は顔を引っ込めた。

「座って食べる?」

 陸は近くのベンチを指差した。

「ううん。歩きながら食べるっ」

 そう言って麻衣は陸に腕を絡めて歩き始めた。

 ご機嫌でスキップしそうな勢いだ。

 そんな麻衣とは反対に陸はまるで葬式でも行くかのように浮かない顔をしている。

(麻衣のことだから絶対忘れないよな…)

 このまま何事もなかったようにうやむやに出来ないことは分かっていた。

「…る?」

「…く!りーくっ!!」

 急に大きな声で呼ばれて陸は立ち止まった。

 麻衣が口を尖らせてこっちを見上げている。

「え…な、なに…?」

「アイス!食べる?って聞いたのっ!」

 どうやらずっと呼びかけていたらしくご機嫌ななめになっている。

「俺はいいよ。麻衣食べな」

 その答えも気に入らなかったようでますます頬を膨らませた。

 麻衣はフンッと顔をそむけて黙ってソフトクリームにかぶりついた。

(ありゃ…ヘソ曲げたな)

 こんな時にケンカなんて洒落にならない!

 陸は周りに人が居ないのを確認して麻衣を後ろから抱きしめた。

「麻ー衣、俺にも一口ちょうだい?」

 麻衣はかぶり付いたままジロッと視線だけを陸に向けた。

 陸は麻衣の返事を待たずに横からかぶり付いた。

 その勢いでベチョと麻衣の口の周りにソフトクリームがつく。

「もーぅ!陸ッ!」

「ごめんって…許して?」

 陸はソフト持ってる麻衣の手を優しく体から離すと顔に付いた物を舌で舐め取った。

「ちょっとぉ…こんなとこでっ!」

 麻衣は陸を振りほどこうと体を捩ったが両手を掴まれて動けなかった。

 諦めた麻衣は大人しく陸を受け入れた。

 鼻の頭にまで付いてしまったクリームを舐め取ると最後に唇にキスをした。

「美味しい」

 麻衣が目を開けると陸が悪戯っぽく微笑んだ。

「やっと笑った」

「えっ?」

「朝からずーっと難しい顔してたでしょ?」

(そりゃバレるよな…)

 明らかに不自然な態度をしていた陸はようやく覚悟を決めた。

「実はさ…」

 今朝見た夢の話を麻衣に打ち明けた。

「夢を見た夢を見るってなんか変なのー!」

 麻衣が面白いとケラケラと笑っている。

「それで桜子さんだったんだー」

 今朝の出来事にようやく納得がいった麻衣は何度か頷いた。

 麻衣の反応が怖くてビクビクしていた陸はようやくホッと胸を撫で下ろす。

「桜子さんってお客さんだったの?」

「知らないっ!だいたいそんな名前聞いた事もないよっ!」

「そっか…。でも夢の中でも知らない女の子が出てくるのはちょっと嫌だなぁ」

 麻衣がジーッと恨めしそうな視線で見上げる。

「出ない!麻衣以外の女なんて絶対夢になんか出さないっ!」

 陸は必死に訴えながらもう一度麻衣を抱きしめた。

(他の女の夢を見るくらいなら寝ない!)

 そう思いながらチラッとそれでヤキモチを妬く麻衣を見てみたいと邪な気持ちが生まれる。

 いかんいかん!

 本当にそうなったら大変なのは目に見えてる。

 陸は心の中で首を左右に大きく振った。

「じゃあ、みんなの所に戻ろう?」

 抱きしめる陸の顔を見上げるように顔を上げた。

「分かったよ。じゃあもう一回キスしよ?」

 陸の言葉に麻衣が呆れながらも目を閉じた。

 顔を傾けて唇を合わせようとした瞬間足元でキャンキャンと甲高い犬の鳴き声が聞こえた。

 慌てて下を見ると小さな真っ白の犬が二人に向かって吼えている。

「迷子かな?」

 麻衣が周りに飼い主らしき人が居ないのを見て吼える子犬に手を伸ばす。

「麻衣、噛まれるよ!」

 無防備に手を伸ばす麻衣を陸が窘める。

「大丈夫、まだ小さいんだし、それに尻尾振ってるから遊びたいんだと思う」

 そう言うと手を近づける。

「サクラコー!!」

 遠くから大きな声が聞こえると子犬の耳がピクッと反応した。

「サクラコーッ!」

 もう一度大きな声が聞こえるとその子犬は身を翻して一気に駆け出した。

 数メートル先に現れた親子連れに抱き抱えられる。

「もーサクラコはすぐにどっか行っちゃうんだから!」

 その光景を二人はポカンと口を開けて見ていた。

 立ち上がった麻衣と陸が顔を見合わせてプッと二人で吹き出した。

「桜子ちゃん、いたね?」

「あんな可愛らしいとは思いもしなかったけどね!」

 クスクスと笑いながら二人は手を繋ぐと来た道を戻り始めた。

 陸の心はまるでこの空のように澄み渡っていた。


end



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