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『再会』

 ガラス張りでまるでショールームのようなロビーを悠然と歩く和真の姿を受付嬢がポーッと見てれている。

 和真は気にする事なくエレベーターホールへ向かった。

 髪を上げてダークカラーのスーツを着こなしきっちりとネクタイを締めている。

 エレベーターのボタンを押して小さく溜息を吐いた。

 だいたい話が違うっつーの。

「アメリカでのお前の仕事振りは期待以上だ。これからは本社でその力を発揮してほしい」

 時差関係なく電話して来た社長がこう言ったのは1ヶ月前。

 当然それ相当のポストが用意されているはずだった。

 それなのに…。

「営業一課?課長?」

 それは荷造りを済まし部屋を引き払いホテルで最後のニューヨークの夜を満喫していた時だった。

 相変わらずタイミングの悪い電話が鳴った。

「まぁ…と、とりあえずのポジションで時期を見て企画の方へ…」

 電話の向こうの社長の顔が目に浮かんだ。

 入社からずっと企画開発でやってきた俺がいきなり営業かよ。

 何が時期を見てだよ…。

 さっさと成果出してすぐに異動するように直談判してやる。

 ったく日本に帰ってきてから良い事なんて一つもないな。

 無理やり見合いに連れて行かれそうにはなるし、それに…

 ポーンと音がして営業部のある階にエレベーターが止まった。

 降りる前にもう一度ネクタイを確認して髪を整える。

 車には轢かれそうになるしな。

 あんな奴でも免許が取れるんだから日本も結構いい加減なもんだな。

 営業部と書かれたガラスのドアを開けた。

 背筋を伸ばして口元には少し微笑みを浮かべながら目的の場所へと歩いていく。

 初心者マーク付けてたし18,9の学生ってとこだろうな…若そうだったしそれに…可愛かったな。

 こんな事なら連絡先聞いて怪我したとかって会う口実作っても良かったかもな。

 ブロンドのモデルもいいけどやっぱり日本人の方がいいしな。

「おはようございます」

「おはようございます。皆さん揃ってますか?」

 最初が肝心だ。

 社長の息子ってだけでただでさえ目立つし疎まれるし、ここは親しみやすさを演じておくのが妥当だな。

 和真は目の前に揃ったスタッフの前で一礼した。

「本日付で配属になりました、如月和真です」

 今からでも興信所使えば調べられるかもしれない。

 車種は覚えてるし車のナンバーは確か…。

 ククッ…あんな一度会っただけの女にそこまでする必要ないか女は他にもいるしな。

「皆さん既にご存知の通り私は社長の身内ですが…」

 ウチだって女子社員は結構レベル高そうだしな。

 朝見掛けた受付の若い女の顔を思い出した。

 でも社内恋愛は面倒か…結婚とか迫られたりバレて騒ぎになるのも御免だからな。

 特にあーいうのが一番危険だな。

「私は後継者という立場では…」

 話を続けながら視界の隅で熱い視線を送る女子社員を捉えた。

 見たとこ30前後か、あーいうのは付き合って翌日くらいから結婚とか匂わせたり面倒で…。

 和真の視線がその隣の小柄な女に釘付けになった。

 おいおい、学生じゃなかったのかよ。

 奇跡のような再会に和真は笑いが込み上げきた。

「久しぶりの日本で慣れていないので、よろしくお願いします」

 ジッと視線を送っていると一瞬二人の視線が合った。

 けれど何も気付いてないのか隣ばかりを気にしている。

 挨拶が終わり解散して椅子に座るとすぐに座席表を確認した。

 ふぅーん、菊原ね。

 チラッと視線を上げて座席表の菊原の文字の上をコツコツと指を叩いた。

「きくちゃーん」

「はーい」

 かのこは呼ばれると元気のいい声で返事をして立ち上がった。

 少しはにかんだ表情で書類を受け取って小走りで部屋を出て行った。

 その一部始終を和真は目で追っていた。



「初出勤はどーだった?」

「あんなに営業は嫌だと言ってた割には機嫌がいいな」

 昼食を取りに近くの日本料理屋に来ていた。

 向かい側の席には社長と本部長…いや親父と兄貴が座っている。

 父の真太郎は機嫌の良さそうな和真の顔を見て心底ホッとした表情を浮かべている。

「すぐに企画に席作るからもうちょっとだけ…」

「別にいーですよ?」

 箸を進めながら淡々とした口調の和真に驚いた二人が顔を見合わせた。

「経験のない営業で自分の実力を試してみるのも面白そーですしね」

「じゃ、じゃあ…営業一課のままでも…?」

 真太郎が恐る恐る確認を取る。

「えぇ…構いませんよ」

「へぇ。営業なんかやるくらいなら金の計算してた方がマシだとか言ってたのにどういう風の吹き回しだ?」

 兄の真尋がニヤリと笑った。

「別に?営業ぐらいやっておいた方が後々役に立つかもしれないからな」

「ふぅーん」

 顔を上げた和真と真尋の視線がバチッと合った。

 数秒無言で視線を合わせたままだったが和真が先に視線を逸らして料理を口に運んだ。

 ニコニコと楽しそうに料理を食べる父真太郎の横で真尋は何かを考えているような表情でポーカーフェイスの和真を観察していた。

end



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