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『昔も今も』

(そういえば通帳記入してこないと…)

 掃除を済ませた麻衣が通帳を出して来てペラペラめくる。

 ある所で手が止まった。

 残高が急激に減っている時期を見て懐かしい出来事を思い出した。

 それはまだ二人が付き合い始めたばかりの頃の話。



 仕事を終えて駅に向かう麻衣の携帯が鳴った。

「もしもし」

「今日来る?な、来るだろ?」

 開口一番こんなセリフを言うのは最近付き合い始めた陸だった。

「え…だって一昨日も…」

「だって…俺、すげー麻衣に会いたい」

 拗ねたような口ぶりに胸がキュンとときめいた。

 麻衣は財布を取り出して中を確認した。

(お金…下ろさないと…)

「ダメ?麻衣は俺に会いたくない?」

「じゃあ、ちょっとだけお店に顔出すね?」

「絶対だよ!俺待ってるから!」

 嬉しそうな声を出して電話越しにキスをするとすぐに電話が切れた。

 陸の仕事はホスト、だから会えるのは土日のわずかな時間かお店の中しかない。

 付き合い始めてから頻繁にお店に行くようになった。

 行く度に陸も喜ぶし私も嬉しいしみんなと仲良くなれるのはいいんだけど…。

 ATMでお金を下ろして残高を見てため息をつく。

(給料入ったばかりだからいいけど…)

 確実に減っていく残高だけが麻衣を楽しくさせてはくれなかった。

 そんな事を繰り返していたある日のこと…。

 珍しく一緒に夕飯を食べようと陸に誘われて連れて行かれたのは高そうな寿司屋。

 普段食べる事なんてなかった麻衣はご機嫌だった。

「ごちそうさま」

 店を出て奢ってくれた陸にお礼を言う。

「じゃあ、いこっか」

 陸が麻衣の背中に手を回して歩き始めた。

「い、行くってどこへ?」

 帰ろうと思っていた麻衣は慌てて足を止めた。

 立ち止まった陸が不思議そうな顔をして立ち止まる。

「どこって店でしょ?今日は麻衣と同伴だから」

(同伴!?同伴って同伴!?)

 言葉自体は知っているけど実際にそういう事を自分がするのは初めてで麻衣は動揺した。

(同伴ってお金さらにいるよね…)

 今日の財布の中身が頭に浮かぶ。

「ちょっと待って…私そんなの聞いてないし」

「なんで?なんか用事でもあるの?」

「な、ないけど…」

(お金もないんだって…)

 はっきりしない麻衣の態度に二人の雰囲気が悪くなっていく。

「いーよ。嫌なら帰ればいいじゃん」

 ポケットに手をつっこみながらイライラした口調の陸が言った。

(そんな言い方ないじゃないっ)

 麻衣がカッとなって陸を睨みつける。

「嫌なんて一言も言ってないでしょ!」

「じゃあ何でそんなに店来るの嫌がんの?いっつも誘うと嫌そーじゃん!何、やっぱりホストは嫌?」

「もう!陸のバカッ!もういい!知らないっ」

 道の真ん中で怒鳴って睨みあっていたが麻衣が捨て台詞を残してスタスタと歩き始めた。

(何なのよ!人の気持ちも財政も知らないで!)

 陸がホストだという事は仕方がないと思ってる、それでも好きになってしまったんだから。

 付き合い始めたばかりで本当は毎日だって会いたいと思うのに仕事が終った頃には陸が仕事で陸が仕事が終れば私が仕事で…。

(お店に行って会えるなら毎日でも行きたいのに…)

 普通のOLの給料ではそれは無理な話だった。

「グスッ…」

 分かってもらえない悔しさとお金がない情けなさと一緒にいられない寂しさに涙が出た。

 両方の瞳から大粒の涙が零れ落ちて足を止めた。

(陸のバカッ!追いかけても来てくれない)

「ねーねー、何泣いてんのー?俺が慰めてあげようか?」

 夜の繁華街で女が一人で泣いていれば格好の獲物だった。

 すぐに声を掛けられて麻衣は逃げ出すように歩き始めた。

「どうしたのー?彼氏とケンカでもした?俺と遊んで全部忘れちゃおうよ」

 男はしつこく麻衣の横を歩きながらついてくる。

 麻衣は返事もせずにさらに歩くスピードを上げた。

「友達も呼んでパーッと騒ごうよ!」

 麻衣がピタッと足を止めると男が喜色満面な顔で麻衣の前へと回り込む。

「ね、嫌な事なんか忘れさせてあげるよ!」

 男が下品な笑いを浮かべながら麻衣の肩に手を回そうと手を伸ばして来た。

 麻衣が険しい表情で顔を上げて男を睨みつけた。

「ホストでしょ…」

「え?あ、あの…」

「ホストでしょ!」

 麻衣に問い詰められて男が気まずそうに視線を泳がせる。

 行き場のなくなった手を不自然に頭に持っていきながら少しずつ後ずさりする。

「パーッと騒いでパーッとお金使わせるんでしょ!財布に5千円しかないの!銀行にだって8万しかないの!それでもいいなら遊んであげるっ!」

 鼻息荒く一気に捲くし立てた。

 よほど腹を立てているのか青筋を立てて男を睨みつけ今にも掴みかかりそうな勢いだ。

 周りにいた人達は何事かと足を止めて二人の様子を眺めていた。

「な、何なんだよ…あんた」

 不快感を顔に出した男が舌打ちをする。

「パーッとやれるなら私だってパーッと使ってあげたいんだから!!」

「い、意味分かんねぇよ」

「私だって私だってお金さえあれば何十万もするボトル入れてあげたいんだからっ!」

 興奮状態が続いている麻衣がさらに男に詰め寄ろうとすると足を踏み出した。

 麻衣と男の間に割って入るように腕が下りて来た。

「はい、ストーップ!」

 その腕はそのまま麻衣を抱き寄せた。

 少し怒った顔をしている陸が麻衣と男の顔を交互に見ていた。

「り、陸っ??」

「悪いけど俺のだから」

 それだけ言うと陸は麻衣の手を引いて歩き始めた。

 置き去りにされた男が後ろの方で文句か何かを言っているのが聞こえた。

 少し歩いて小さな公園に入ると麻衣をベンチに座らせた。

「何であんな男に絡んでんの!」

 俯いていた麻衣だったが陸が怒ってるのは声の感じからすぐに分かった。

(絡んでたわけじゃないけど…)

 それでも相手を一方的に捲くし立ててたのは事実で返す言葉もない。

「はぁ…もう心配させんなよ」

 陸は座っている麻衣の頭を引き寄せると自分の胸に押し付けた。

 ホッとしたような声に麻衣は胸が痛んだ。

 お金がない事を陸に言えずに見ず知らずの人に八つ当たりしておまけに陸に心配までかけて…。

(私ほんと…何やってんだろう)

 またジワッと涙が滲んだ。

「はい、これ」

 体を離した陸が手に持っていた物を差し出した。

 陸の手には小さな花束が握られていた。

「なに…これ」

「言いすぎて麻衣怒らせちゃったからコレで許して貰おうと思って…」

 ピンクやオレンジのガーベラで作られた可愛い花束を麻衣の手に握らせた。

「え…ありがとう。でもいつの間に…」

「麻衣を追い掛ける途中、でも買って追いかけたらあんな事になっててすげぇ焦った」

 さっきのことを思い出してまた情けなくなった。

(ちゃんと陸に言わないと…)

「あのね…陸、私…」

「ごめん、俺が気付かなきゃいけなかったんだ。」

「何が…?」

「さっき麻衣が言ってた事聞いてようやく気が付いた。無理させてごめんな?」

 驚いた麻衣が口を開けたまま陸を見上げた。

「もう心配しなくていいから」

「どういう…意味?」

(もうお店に来なくていいってこと?)

 途端に胸の奥がスーッと冷えるような感覚が襲った。

 ドクンドクンと心臓の鼓動がやけに大きく聞こえて喉の奥が乾いていく。

「今までどおり店に来て?店でしか会えないのは嫌かもだけど休みは麻衣と一緒にいるから」

「だ、だけど…私、そ、そんなに…」

「うん、だから心配しないで?麻衣の分は俺が全部払うから」

 泣き出しそうな麻衣に優しく微笑んだ。

 大丈夫だよと頭をポンポンと軽く叩いた。

「でも…そんな事…」

 陸の気持ちは嬉しかったけれどそれじゃあ働いているのに意味がなくなってしまう。

 麻衣は激しく動揺した。

(自分がお金がないからこんな事で陸に迷惑をかけてしまうなんて…)

「そんな深く考えないで?」

 深刻な顔をしている麻衣の横に陸は腰掛けると麻衣の手を握った。

「これは俺のワガママ。他の奴は彼女を店に呼んだりしないけど俺は麻衣がいてくれると仕事頑張れるから」

「あんまり頑張ってる姿見てるのも嫌なんだけど…」

 膨れた麻衣の顔を見て陸が意外そうにしたがすぐに目を細めて笑った。

「気付いてた?接客中に手を握ってるのは麻衣だけなんだよ?」

 コソコソと耳元で囁いた。

 自分だけが特別だと言われて自然と頬が緩んだ。

「だから…これからも来て?」

「うん…ありがとう」

「それじゃ、行こっか!」

 陸は麻衣の手を握ったまま立ち上がった。

 麻衣もスッキリした顔で立ち上がる。

 しかしなぜか店とは反対の方へと歩き始めた。

「どこ行くの?」

「ん?俺のマンション。今日はマンションで接客してあげるー」

 そう言って困惑する麻衣を強引にマンションへと連れて行った。



 思えばあれが仕事をサボった最初だったんじゃないかな?

 麻衣は思い出すと声に出して笑った。

「なぁーに笑ってんの?」

 陸は後ろから麻衣を抱きしめると顔を覗き込んだ。

「なーんでもない」

 麻衣は笑いながら通帳を鞄の中にしまった。

 頬が触れるほど顔を近づけた陸が口を尖らせた。

「嘘つけー。こらっ言え!言わないとチューするよ」

「言ってもするクセにー」

 あの時から陸はずっと私の為に色々してくれる。

 特に一緒に暮らすようになってからは店の支払いも生活費も欲しい物があればすぐにお金を出そうとしてくれる。

 そのせいで貯金出来る額が減っているはずなのに…。

「むぅっ!隠し事?」

「ちーがーう!お金…陸に負担ばかりかけてるなぁって生活費とかお店の支払いとか色々…」

「何言ってんの。まだ籍は入れてないけど麻衣は俺の嫁さんなの、負担なわけないじゃん」

「でも、服やバッグくらい自分で…」

「なーにー、俺が金出すのが気に入らないのー?」

 ムスッと膨れた顔をしながら麻衣の体をギュゥッと力を入れて締め付けた。

「違う、そうじゃなくて」

「気にしすぎ!買ってあげた服を着てる麻衣を俺が見たいの!俺の楽しみを取るなー!」

(あぁ…昔も今も変わらないね)

 いつだってあなたは私の心を軽くしてくれる。

end



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