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『如月家』
「和真、和真!待ちなさい」
「和真坊ちゃま!お待ちください」
信号で車が止まった瞬間を狙って車から飛び出した。
慌てた様子で後ろからゾロゾロと追いかけてくる。
「和真様、失礼致します」
後ろばかりを気にしていていた和真がその声に気付いた時にはもう既に遅かった。
目の前に身長が2m以上あるような大男が立っていて軽々とまるで子供のように持ち上げられた。
「よ、よくやった…。ハァッ、ハーッ」
追いかけてきた和真の父、真太郎が息を切らしながら追いついた。
「お、下ろしてやってくれ」
真太郎の言葉で和真の足はようやく地面に付いた。
だが腕はがっちりと拘束されていて身動きが取れない。
「会うぐらい会っても…」
「えぇ…こんな卑怯な真似しなければ会っていたでしょうね」
和真は真太郎の顔を睨みつけた。
「だ、だってこうでもしないとお前は逃げるだろう。」
「俺はまだ結婚するつもりはありません!」
真太郎に向かってキッパリと言い切った。
「だからー会うだけ会っても。ほんと綺麗なお嬢さんなんだよ」
「何度同じ事言わせるんですかっ!」
「ヒィーッ…」
和真に凄まれた真太郎は隣に立っていた秘書の河野の背中に隠れた。
(ハァ…この人は…)
そんな真太郎を見た和真は大きくため息を吐いた。
「和真坊ちゃま、先方のお嬢様も既にホテルでお待ちでございますのでお断りするにしても一度お会いしてから…」
「だいたい見合いを帰国の日にセッティングして迎えに来たフリをして連れて行こうだなんて誰の浅知恵ですか!」
河野の言葉にも耳を貸さず後ろで小さくなってる真太郎に向かって捲くし立てた。
誰も返事をせず真太郎も河野も目を合わせようとしない。
「浅知恵ですって?」
後ろから聞き覚えのある声がして恐る恐る振り返る。
薄紫色の着物を着た女性が4,5人の男を引き連れて歩いてくる。
(しまった…)
さすがに冷静沈着な和真も顔色を変えた。
「浅知恵に引っ掛かってここまで連れてこられたくせによく言うわねー?」
「か、母さん…」
「元気そうね、和真」
和真の母、琴乃がにっこりと微笑んだ。
まるで菩薩のようなその微笑が一番怖い事はそこにいる全員が知っていた。
全員の背中に緊張が走る。
「か、母さんも元気そうで…」
背中に嫌な汗を掻いている和真が顔を引き攣らせながら笑顔を作った。
ヴォォンッ!!
大きな音がして一台のスポーツカーが路肩に止まった。
和真が視線を向けると背の高い男と髪の長い女が降りてきた。
(あぁ…助かった)
「真尋、何とかしてくれよ」
「腕を離してやってくれ」
真尋が言うとようやく和真の拘束が解かれた。
自由になった腕をほぐす様に肩を回しながら車から降りて来た二人の顔を交互に見た。
「お帰りー、和真」
「真尋も初乃もこんな所で何やってんだよ」
兄の真尋、そして笑顔で手を振っている双子の妹の初乃。
こんな街中で家族全員が顔を揃えた。
圧倒的な存在感の琴乃と周りを囲む強面な男達、父真太郎、長身で美形の真尋と初乃、そして囲まれるように立っている和真。
この異様な集団を道行く人が遠巻きに眺めている。
「暇だしお前の見合いでも覗きに行こうと思って」
「うんうん、あそこのホテルのケーキ美味しいしねー」
(他人事だと思って…)
二人の顔を睨みつける。
「この際だからはっきりさせておきますが結婚相手ぐらい自分で見つけます!」
和真が啖呵を切った。
真尋がニヤリと笑い、真太郎の顔が青ざめ、琴乃の眉がピクッと動いた。
「相変わらず生意気ばかり…」
琴乃が顔をしかめると後ろにいた男達に合図をした。
だが一瞬、和真の動きの方が早かった。
陸上選手並みのスタートダッシュを決めるとあっという間に後ろ姿が小さくなった。
男達が一目散に追い掛ける。
「そんなに和真が一人暮らしするのが気に入らないんですか?」
真尋は琴乃の持っていた日傘を代わりに持つと微笑みかけた。
「和真もいい年なんだし、好きにさせてやったら…」
真太郎がおずおずと顔を出すと琴乃がギロッと睨みつけた。
また慌てて河野の背中に隠れように引っ込んだ。
「真太郎さんも真尋も…和真がロクでもない女に引っ掛かったらどうするんですか!」
「んーでも和真って引っ掛かるっていうより引っ掛ける方だと思うけどなぁ…」
如月家の面々がこんな話をしている頃、当の和真はある意味“衝撃”的な出会いをしていた。
これは和真とかのこが出会うほんの少し前のお話。
そしてこんな如月家とかのこが顔を合わせるのはまだまだ先のお話。
end
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