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『春のヒトコマ−陸−』
(あれ…俺寝ちゃったのか…)
フッと気がつくとソファの上に横になって体にはタオルケットが掛けられていた。
体を起こそうとして動きが止まる。
自分の胸の上に頭を乗せた麻衣が眠っていた。
なんの夢を見ているのか楽しそうに笑っている。
顔に掛かった髪を手で梳かすようにかき上げた。
「風邪、引いちゃうよ」
自分に掛けられたタオルケットを引っ張ると麻衣の体を包み込むように掛けた。
「…りく…ぅ…フフ…」
麻衣が小さく呟いたのを見て起きたのかと様子を窺った。
けれど顔を陸の胸に擦り付けるようにして動くとまた寝息を立てている。
「どんな夢見てんだよ」
寝言で自分の名前を呼ぶ麻衣に思わず笑顔になる。
ソファの上に置かれた麻衣の手を取るとそっと握った。
初めて麻衣の手を握って歩いた時の事を思い出す。
あの時から思えばこんな風に麻衣が幸せそうな顔で俺の側に眠っている事は奇跡に近かった。
あれから二人が離れそうになるといつも手を繋いだ。
抱きしめるよりもキスよりも手を繋いでいる事の方が多いと思う。
きっと俺はこの手を離せない。
何が起こってもたとえ二人を引き裂いてしまうような出来事が起きたとしても必ずまたこの手を握る。
この手の先は必ず麻衣と繋がってる。
(すっげぇ…好き)
たまらなく愛しさがこみ上げてくる。
(あぁ…そうか。そうだったんだな)
握っていた手を指を絡めるように握りなおした。
言葉では伝えきれない気持ちを伝えるのに手を繋ぐんだ。
不安も怒りも悲しみも喜びも愛しさも切なさも緊張も幸せもすべての感情が繋いだ手から伝わるんだ。
偽ることも誤魔化すことも出来ない。
(どうしよう…すごく抱きしめたい)
眠っている麻衣の体に触れようと手を伸ばした。
その時窓から入って来た春の風が陸と麻衣を包み込んだ。
麻衣は相変わらず幸せそうに微笑んでいる。
(そうだね、もう少しこのままで)
手を繋いだまま陸はゆっくりと目を閉じた。
end
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