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『桜と君』

 金曜の夜なのに『CLUB ONE』にはCLOSEDの札が掛かっていた。

 彼らは店から少し離れた河川敷に居た。

 夜桜を楽しむ花見客に交じって一際目立つ集団。

 店を休みにして花見を楽しむホスト達の姿があった。

「俺たちと一緒に飲まない?」

「俺たちねーすぐそこのONEってとこで働いてるんだー。これ名刺ー」

 花見というよりナンパ。

 ナンパというよりキャッチ。

 既にそこは出張ホストクラブのようになっていた。

「紹介しまーす!No.1の陸くんでーす」

 “夜の帝王”と書かれたタスキを掛けさせられた陸が立ち上がる。

「うっそぉ、かっこいいー!」

「ねぇねぇあの人すごいかっこいいよねー」

 周りからざわざわと声が聞こえてくると陸は営業スマイルを振りまいた。

 とても数分前まで不機嫌MAXでタスキを拒んでいた人物とは思えない。

「今なら指名料ナシでうちのNo.1と飲めるけどどぉ?」

「俺は客寄せのパンダか何かか?」

 笑顔は崩さずに隣に座っていた悠斗に話しかけた。

「我慢して下さいよ。オーナー命令です」

 そのオーナーの誠は大人の男のフェロモンを撒き散らしながら女の子を虜にしていた。

 なんだってワザワザこんな事しなくちゃいけないんだ…。

 なーに日本人なら日本の情緒を味わおうだ。誰一人桜なんか見てねぇじゃねぇか!

「あー帰りてぇ…」

「陸さんっ!」

 ボソッと小さな声で呟くとすかさず悠斗が突っ込みを入れた。

「陸くんの隣りに座りたいなぁー」

「えぇー私も陸くんがいいー」

 気が付けば女の子に囲まれていた。

 今にも逃げ出したくなるのをこれは仕事だと自分に言い聞かせた。

「もっとゆっくりお話してみたいなぁ」

 隣りに座った巻き髪の女がしなだれかかってきた。

 あーもぅ何これ香水つけすぎだし化粧の匂い臭いし…それ以上近寄るなよ。

「お店に来てくれたらゆっくり話せるよ。待ってるから」

 陸は笑顔で名刺を取り出すと隣りの女の手を取り名刺を置いた。

「ほんとに?」

「俺以外の奴指名したりすんなよ?」

 陸は髪を触りながら誰にも聞こえないように囁いた。

 隣りの女は自分は特別なのかもしれないとポーッと頬を染めていた。

 俺ってホストだなぁ。つーか本心聞かれたら絶対ヤバイって。

 目の前を桜の花びらが下りて来て顔を上げた。

 満開の桜が風に揺れるたびに花びらを散らしてまるで雪のように舞っている。

 脳裏にある一人の姿が浮かんだ。

 どこで何をしていても思い浮かぶのは一人しかいない。

 この世で一番大切で一番愛しい人。

「酒、足らないでしょ。俺買って来るわ」

 陸は立ち上がるとタスキを取って悠斗の頭の上に置いた。

「あ、俺も一緒に行きますよ!」

「一人でいいよ。お前は彼女達が退屈しないように頼むよ」

「ちょっ…陸さんっ!」

 靴を履いていると誠が見ているのに気付いて小さく手を振った。

 誠は何か言いかけたが軽く手を上げただけですぐに話の輪の中に戻って行った。

 陸は歩き出すと携帯を取り出してボタンを押すと耳に当てた。

 呼び出し音が数回流れて相手が電話に出た。

「うん…俺。今どこ?もう帰った?」

 河川敷は夜桜を楽しむ家族連れやカップルでかなり混雑している。

 陸は人波を縫うように歩いていた。

「え?そうなの? …今?歩いてる」

「ううん、大丈夫。」

 電話に受け答えをしながら歩く陸の足が少しずつ早くなる。

「ん?いーよ。分かるから」

 急に突風が吹いて桜の花びらが舞い上がった。

 あちこちで小さな歓声が上がった。

「どこに居ても分かるから」

 陸は立ち止まって舞い上がった桜の花びらを見上げた。

 風に巻き上げられた花びらが渦を巻きながら空に上っていくのに見とれていたが視線を戻した。

 人の波に見え隠れする姿を見つけて早足になった。

「…どうしたの?」

 電話の向こうで黙り込んでしまった相手に声をかけた。

 返事がない。

 だが陸の足は迷うことも止まることもなかった。

 (きれい…)

 数メートル先に立っている彼女の口がそう動いたように見えた。

 巻き上げられた桜の花びらが今度はゆっくりと揺らめきながら落ちてくるのを見上げている。

「ちくしょ…何だよ」

 歩くスピードを緩めた陸は普段見せないようなはにかんだ顔を手で隠した。

「知らない女みてぇ…」
 
 空を見上げている横顔があまりに綺麗で別人みたいだ。

 こんなに大人の女だったっけ。

 ぼんやりと見つめていると視線に気付いたのかゆっくりと振り向いた。

 弾かれたようにその顔が笑顔に変わった。

「陸っ!」

 笑顔で手を振ると駆け寄ってくる。

 いつもの見慣れた笑顔だ。

「ほんとに会えた!」

「言ったろ?俺は麻衣がどこに居ても見つけられるんだよ」

 嬉しそうに笑いかける麻衣の髪に手を伸ばす。

 髪に付いた小さな花びらを摘まもうとすると風に吹かれて飛んで行くのを目で追った。

 不思議そうな顔をした麻衣が首を傾げながら陸を見上げた。

「帰ろうっか」

 差し出した陸の手を麻衣が握ると二人は揃って歩き出した。

「キレイだ…」

「うん、ほんとに綺麗…」

 麻衣は桜並木を見上げている。

 だが陸は隣りを歩く麻衣の横顔を見つめていた。


end


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