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『誠の想い人』
ホテル最上階のバーのカウンター。
細く長い指が煙草を挟み、ゆっくりと紫煙を吐き出す姿はその場にいる女性の心を掴みうっとりとさせる。
「隣、いいですか?」
モデルのようなこの女だって俺に媚を売るような視線を送ってるじゃないか。
「ごめんね。人を待ってるんだ」
ほら…微笑めばどんな女だって…。
うっとりした表情の女の向こうに現れた女の姿が視界に入ってムッとなった。
知らない男と笑顔で話をしながら店に入って来た。
ほんと…アイツむかつく。
本当にアイツだけは…アイツだけは俺の思い通りにはならない。
そんな奴は今までで初めてだった。
俺は見た目も良ければ女受けだって悪くない。
ホストクラブのオーナーやって金には困ってない、いい車に乗って、いい部屋に住んで、女は俺に好かれようとあの手この手で攻めてくる。
そんな俺が…唯一全てをなげうってでも欲しいと思う女。
顔もスタイルも普通にいい女なのに。
俺の思い通りにならないからムキになってるだけじゃないかと思った事もあった。
だけど違うんだ…。
美咲がカウンターにいる誠に気が付いた。
軽く手を上げて隣にいる男に頭を下げると真っ直ぐ自分に向って歩いてくる。
クソッ…。
俺が本気で女に惚れる日が来るとはな…。
姿を見た途端に高鳴った心臓の鼓動を気付かれように煙草に火を点けた。
「ったく…何でいつもの場所じゃないのよ!」
美咲は挨拶も省いて文句を言うと当たり前のように隣りに座った。
「いつも安い缶ビールのお前にたまには美味い酒でも飲ましてやろうって俺の優しさが分からねぇの?」
「はぁ?だったらあんたの店で飲ませなさいよ!」
いつも通りのやり取りを交わして誠は喉の奥でクッと笑った。
ほんとオマエだけだよ。
俺をこんなに本気にさせるいい女は…。
「それで…陸くんはどぉ?」
「は?」
急に現実に引き戻すような美咲の言葉に誠はポカンと口を開けた。
「あの二人の事で話があるから呼んだんでしょ?」
「あ?あぁ…」
なんか理由がないとお前がこないからだろーが…。
「ったく何なのよ」
はっきりしない誠を冷めた目で見ていた美咲が煙草に火を点けようとするのを誠が手で制した。
「場所変えよう」
誠が立ち上がる。
それに続いて美咲も立ち上がる。
「部屋取ったから」
並んで歩く美咲にだけ聞こえるような小さな声で行き先を告げた。
「なんでワザワザ?誠の部屋でいいでしょ」
「たまには場所変えるのもいいだろ?ジュニアスイートだぜ?」
「興味ないし」
予想通りのつれない態度に誠は苦笑いを浮かべながらエレベーターへと向かう。
今日は無理そうだな。
ポケットに入っているカードキーの数分後には何の意味もないカードになるかと思うとさすがに落ち込む。
エレベーターを待つ二人は会話もなく美咲は誠の斜め後ろに立っている。
「お連れの方は来たのかしら?」
さっきバーで声を掛けてきた女が誠の横にスッと寄り添うように立った。
「えぇ…」
誠が美咲の方をチラッと見た。
それを見た女が美咲を値踏みするように上から下まで眺めると鼻先で笑いながら誠の背中に手を廻した。
「今度連絡して?美味しいお酒でも飲みながらゆっくり話がしたいわ」
女がバッグの中から名刺を取り出して誠のジャケットの胸ポケットに滑り込ませた。
美咲の眉がピクッと動く。
ポーンとエレベーターが来た事を告げる音がすると美咲が一歩前に出て誠の横に並んだ。
「ジュニアスイートは何階だったかしら?」
美咲が誠を見上げて微笑んだ。
あーそういうのに弱いわけね?誠が心の中でニヤリと笑った。
「こういう時は男がエスコートするもんだろ?」
女から離れて美咲の肩に手を廻して親密そうに顔を近付けて耳元で囁くと美咲がくすぐったそうに微笑んだ。
いつもと反応が全然違うじゃねーか。
エレベーターに乗ると上機嫌でボタンを押して置き去りにされた女の方へ向いた。
「乗られませんか?」
「結構よ!」
女は不機嫌そうに踵を返して歩いて行くと誠は閉ボタンを押してゆっくりと降下が始まる。
「ったく誰にでもいい顔して、あんな軽そうな女…」
「何をおっしゃいますお嬢様。私はあなた専属なのですよ?」
恭しく美咲の手を取ると手の甲に唇を付けた。
「よく言うわよ」
怒った顔をしながらも手を振り払わないのは悪い気がしてないからだろう。
ほんとにオマエしか見えてねぇんだけどな…。
「泊まってくだろ?」
「嫌って言っても帰さないんでしょ?」
本気で嫌って言わないくせによく言うよ。
誠は返事の変わりにキスをするとちょうど目的の階にエレベーターが止まった。
ポケットに手を伸ばしてカードキーと一緒にさっきの名刺が出て来た。
コイツの気を惹けるなら女にモテるのも悪くねぇな。
誠はクスリと笑いながら歩き始めた。
end
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