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『悠斗の受難』

 俺はどうしてここにいるんだろう…。

 悠斗は息をするのもはばかられるほど張り詰めたこの空間で身体を強張らせて固唾をのんだ。

 悠斗を挟むようにして座る一組の男女。

 さっきから無言で睨みあっている。

 もう30分はそうしていると思われ…悠斗の緊張も限界に近付いていた。


 事の起こりはさらにその10分ほど前にさかのぼる。


 〜中塚家ダイニング〜

「麻衣ってさー、ほんと悠斗の事可愛がるよねぇ?」

「そぉ?いっつも陸の事で迷惑かけてるからお礼しないと。ねー悠斗くん?」

「麻衣さんの手料理が食べられるならどんな迷惑でも構わないですよー」

「俺がいつ迷惑かけてんだよー」


 ダイニングの椅子に抱きつくように座った陸が口を尖らせて拗ねている。

 今日は麻衣さんに招待されて夕飯をご馳走してもらう為に陸さんのマンションを訪ねた。

 もちろん手土産は麻衣さんお気に入りのケーキ屋でぬかりはない。

 完全にふられてはいるけれどやっぱり心の中で一番の人が麻衣さんなのは変わりがないわけで…。

 店の若いホスト達にも人気がある麻衣さんがこうして俺を呼んで飯を食べさせてくれたりするのは本当に優越感だ。


「じゃぁ、俺皿とか運ぶの手伝いますよ!」

「ありがとー。」

「っんだよ。点数稼ぎかー?麻衣に優しくしたって店の売上は伸びねぇんだぞー」

 麻衣の後ろをついて歩く悠斗の後ろ姿に向って陸が憎まれ口を叩いた。

 点数稼ぎなら花束の一つでも買ってきますよー。

 心の中であっかんべーとした。

 未練がましいとか女々しいとか言われようと少しでも麻衣さんと接点を…。

「はい、じゃぁこのお皿運んでね?」

 キッチンに入るときれいに盛付けられた丸い皿を2つ渡された。

 落とさないように気をつけながらキレイにセッティングされたテーブルの上に置く。

「ゲッ…」

 悠斗がテーブルに皿を置くと陸が小さな声で呟いた。

「えっ?何か言いましたか?」

「はい、ご飯ね。今日はピラフにしたよー。じゃあ食べようか」

 陸の向かいに麻衣が座り二人の方を向くような形で悠斗も腰掛けた。

「ねぇ…麻衣ー」

 陸はまだ椅子の背もたれを抱いたままで低い声で麻衣に話しかけた。

「なに?」

「コレなんなのー」

 陸が指差したのはメインのおかずが乗っている皿の上。

「何って、ピーマンの肉詰めとしいたけの肉詰めでしょ」

「だーかーらぁー!なんでー!!」

 椅子の背を手でバンバン叩きながら上体を揺らしている。

 麻衣と悠斗が気まずそうに顔を見合わせた。

 その様子を恨めしそうな顔で陸が見ている。

「悠斗くんが好きだって前に聞いたから」

「だからってー!俺がピーマンとしいたけ嫌いなの知ってんだろォ!!」

 こ、子供だ…。

 この人俺が思ってるより以上に子供だ…。

 頬を膨らませて麻衣に抗議している陸を見て悠斗はさすがに目を丸くした。

「たまにはいいでしょ?お肉が入ってるから食べられるって。ってほら…ちゃんと椅子元に戻して」

 麻衣さんってお母さんだ…。

 キビキビと陸さんの面倒を見る麻衣の姿はダメな子の母親のようにさえ見える。

 不貞腐れながらもとりあえず椅子を戻してようやく3人でテーブルを囲んだ。

「いただきますっ」

「いただきまーす!」

 麻衣と悠斗が笑顔で手を合わせたのに陸だけは相変わらず仏頂面で箸の先でピーマンを突いている。

「ま、麻衣さん…あのぉなんかすいません」

 さすがに居たたまれなくなった悠斗が小声で麻衣に謝った。

「いーの。子供じゃないんだからこれぐらい食べさせないとね」

 た、頼もしい…。

 だが当の本人は二人の会話を聞いてさらに機嫌を悪くしたようで…。

 箸で器用にピーマンと肉を剥がし始めた、もちろんしいたけも同様に剥がす。

「そんなに好きならお前にやるっ」

 そして陸はピーマンとしいたけだけを悠斗の皿に投げ込んだ。

「陸ッ!!いい加減にしなさいッ!」

「俺の嫌い物出す麻衣が悪いんだッ!」

 麻衣と陸は睨みあった。


 そして今に至るわけで…。

 俺の皿の上にはくったりしたピーマンの残骸としいたけが乗っている。

 そして二人は相変わらず睨みあっている。

 やっぱりここは俺が悪いのか?俺がコレを好きだって言ったから悪いのか?

「あ、あの…俺が食べますから。だから…二人とも…」

「悠斗は黙ってろっ」

「悠斗くんは黙ってて!」

 二人同時に一喝されて悠斗は大人しく膝の上に手を置いた。

「だいたい彼氏の好きな物作らないで、どーしてコイツの好きな物作るの?」

 陸が悠斗の事を指差しながら怒っている。

「陸はそーやって好き嫌いするからでしょ?そうじゃなくても普段から好きな物しか食べないんだから、たまには食べなさいよ」

 麻衣も一歩も引く気配がなく徹底抗戦の構えだ。

 しかし陸だって引くわけにはいかない、そして二人はまた無言で睨みあった。

「悠斗くん、冷めちゃうから食べちゃおう」

 麻衣が突然睨み合いを止めて縮こまっている悠斗に声を掛けて食べ始めた。

「えっ…で、でも…」

 悠斗がチラッと陸の方を見た。

「冷めちゃったら美味しくないから食べて?」

 麻衣に促されて悠斗も恐る恐るといった感じで手を伸ばした。

「うわぁ…美味いっ!マジで美味い!!」

 麻衣と悠斗だけで楽しそうな食事を始めて残された陸が面白くなさそうな顔をしていた。

 相手をしてもらえなくなった陸は諦めたのか中身の肉に箸を伸ばそうとすると麻衣が陸の皿を取り上げた。

「陸は食べなくていいです」

「なんでッ!!」

「私の作った物を嫌々食べてもらいたくないから」

「だからそれは麻衣が…」

 口ごたえしようとする陸をすかさず麻衣がキッと睨んだ。

「分かった。ちゃんと食べるから…」

 弱々しく陸が答えると皿を陸の前に戻した。

 悠斗がそのやりとりを見て呆気に取られていた。

 二人の力関係は何となく分かってはいたものの…麻衣さんって強いっていうか陸さんが麻衣さんに頭が上がらない?

 しょんぼりと肩を落とした陸が泣きそうな顔で悠斗の皿からピーマンとしいたけを引き上げる。

「今回だけだからね?」

 麻衣が笑いながら陸の皿からピーマンとしいたけを自分の皿へと移動させた。

 陸の顔が満面の笑みに変わる。

「だから、麻衣大好きっ!」

 陸は立ち上がって身を乗り出すと麻衣の顔を掴んで唇を奪った。

 カシャンと悠斗の手から箸が滑り落ちた。

「悠斗くんがいるでしょ!もぅ!座ってっ!」

 照れて真っ赤になった麻衣が陸の身体を押し返す。

 そんな事気にも留めない陸は急に元気になって食べ始めた。

「何やってんだ、お前早く食えよ!麻衣の飯はすげぇ美味いから」

 知ってますよ…。

 分かってますよ…。

 って今回も二人のラブラブぶりを見せ付けられに来たようなもんかよぉ!!

 悠斗は心の中で号泣した。


 頑張れ悠斗!負けるな悠斗!
 きっと君にも素敵な彼女が出来る日が訪れるはず………たぶん。



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