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『Baby's breathオマケ』前編

 男性とお付き合いするということがどういう意味かぐらい知ってるわ。

 もう子供じゃないし、そういうことに興味がないわけじゃないし、竜ちゃんとならって気持ちの準備をしていたつもり……。

 でも、でも、でも……。

「美紀ちゃん、どの部屋がいい? つってもなぁ……俺、あんま金ねぇからーコレかコレ……と、ココまでかなぁ」

 部屋の写真らしきパネルの前で立ち止まった彼は財布の中身を見ながらそう言った。

 生まれて初めていわゆる「そういうこと」をするホテルに入った私は「任せる」としか言えず結局どの部屋を選んだのかは分からない。

 ただただご機嫌な彼の後ろをついて歩くのが精一杯だったのに、部屋に入った途端に言った彼の言葉に私の我慢は限界を超えた。

「先シャワー浴びる? あ、それとも時間短縮の為に一緒に浴びよっか?」

「帰る」

「え?」

「もうっ、帰るっ!!!」

 言葉を発したと同時に涙まで溢れ出てしまい、手の甲で乱暴に拭いながら出口へと一目散に駆け出した。

 ドアノブを握っていくらガチャガチャと音を立ててもドアはビクともせず、そうしている間に竜ちゃんの声がすぐ後ろから聞こえた。

「美紀、ちゃん……怒ってる?」

「…………」

 怒っているのとは少し違う、悲しいのとも少し違う、ただ……少しショックだった。

 分かっていても女性に慣れている竜ちゃんとキスさえも緊張してしまう私とでは経験値が全然違う。

 それを目の当たりにしたというのもあったけれど、初めての時はもっと思い出に残るものにしたいと思っていたせいかもしれない。

「竜ちゃんのバカ、嫌い……大っ嫌い」

「そんなこと言うなって」

 涙声の私に竜ちゃんの声はすごく優しい、開かないドアノブを握る私の手に重ねられた手も優しく宥めてくれている。

 竜ちゃんは優しい、私の嫌なことは絶対しない、いつだって私の話を聞いてくれる。

 さっきだって正直に言えば良かった、初めてで戸惑うことばかりだから一人で先に行かないで欲しいって。

 不慣れな私に愛想を尽かさないで欲しいって……。

 しばらくそのまま動けずに黙り込んでいた私は鼻を啜ってから勇気を出して小さく呟いた。

「初めて、なの」

 あえて言わなくても分かっていることだけれど、竜ちゃんは「ごめん」と謝って私を抱きしめてくれる。

「先走った。舞い上がってた。嬉しすぎて空回ってた。美紀ちゃんの気持ち考える余裕もないなんて格好悪ぃ。好きな女の気持ちも考えず泣かせるなんて俺、最悪」

 いつも元気な竜ちゃんの沈んだ声、抱きしめる腕もどこか余所余所しくて、私の心はさっきよりも鋭い痛みを覚えた。



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