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『意地悪な恋』第九章オマケ
本格的な冬の到来を感じさせる風の冷たさに思わず体を震わせた。
手に提げている白い百合の花束が風に煽られるのを気にしながら石段を進む。
あの日のことは忘れたことはない、それでもあの人が眠るこの場所を訪れることは出来なかった。
日本に戻ってきて初めて迎えるあの日の今日、こうして訪れた理由は自分でも分からない。
ただ……今の自分ならあの人の前に立てるような気がする。
ここを……右だな。
住職の言葉を思い出し目印の石灯篭の手前で右に曲がろうとした俺は風に乗って漂って来る線香の匂いに気が付いた。
誰か他の人も墓参りに来ているのだろう、そう思って進めた足は聞こえてきた声に止まってしまった。
「笙子、寒くないか? 来週は雪が降るらしいぞ」
真尋の声に思わず身を潜めて声のする方を窺った。
休みの日だというのにスーツ姿の真尋、墓前には白い菊と線香から伸びる煙が風に揺れている。
真尋……。
「一年ぶりだな。去年よりもいい男になっててて驚いただろ?」
久々に聞く柔らかい真尋の声、その優しい響きとは反対に胸の奥が苦しくなる。
毎年来ているとは思わなかった、あれ以来真尋の口から笙子さんの名前を聞くことはなかったし、自分もその話題に触れたのはあの時だけだ。
真尋は墓前でタバコに火を点けポツリポツリと近況を報告している。
ここは邪魔するべきじゃないな。
きっと一年に一回この日この場所だけで素顔を見せることが出来るのだろう。
真尋の気持ちが分かるだなんてそんな軽々しい言葉は言えないし、もう死んだ相手のことを想うなとも言えない。
でも……もう一度あの頃の真尋の顔を見られたことは俺にとって救いだ。
帰ろう……このまま鉢合わせしてもなんか気まずいしな。
真尋に背を向けて歩き出した俺は聞こえてきた声に足を止めた。
「そうだ。今年はビッグニュースがあるんだ。何だと思う? きっと笙子驚くぞ。あのな……和真が彼女を連れて来たんだ」
俺の……話?
「しかも金髪のゴージャス美人じゃなくて、自分の部下で少し天然でいつも一生懸命な可愛い子だよ。あの和真がさ……もうメロメロなんだよ、信じられないだろ?」
ほっとけよ。
俺の話なんていいからもっと自分の話をすりゃいいだろうが。
本当なら出て行って余計なことを言うなと言ってやりたい。
「本当に良かった。アイツにとって安らげる場所が出来て、家族……俺や初乃じゃアイツの苦しみを取り除いてやれなかった。でも……きっと彼女なら大丈夫だ。なぁ……笙子、お前も嬉しいだろ? アイツが……和真がもう一度笑ってられる日々が来るように……一緒に応援してやろうな」
花……どうするかな。
石段を下りながらぼんやりとそんなことを考え、携帯に手を伸ばしてボタン二つで電話を掛ける。
『も、もしもし!? もう用事は済んだの??』
コール二回で繋がった電話、すぐに聞こえたかのこ声にいつも以上の愛しさを覚えた。
end
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