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十年目の恋愛初心者
「面倒なもん作りやがって」
クソッ……。
運転席に乗り込んでネクタイを片手で緩めながら苦々しく呟いた。
開いた携帯の画面の光りが自分の顔を照らし、一瞬だけその眩しさに目を閉じたがすぐに気を取り直して画面を睨みつける。
携帯電話というのなら電話の機能だけでいいじゃないか。
だが時代の流れと技術の進歩というのは年々その速さを増している。
今の携帯電話は写真も撮れて音楽も聴けてテレビも見れて、支払いも出来てインターネットそして最も使われている機能でもあるだろうメール。
それが厄介だとまた眉間に皺を寄せた。
「一言でいいって言うけどよ……」
幾分か慣れた指つきで文字を打ち込んだ画面を睨みつけた。
『今から帰る』
たった五文字だ。
自分が伝えたいことはそれだけなのだからこのまま送ればいい、真子だってそれで構わないと言っているのだから。
だがどうしてもその五文字だけで送ることに毎回抵抗を感じた。
「絵文字とか付いてないと、なんか感じ悪いよねー」
若い女子社員がそう言っていたのを思い出して、ボタンを何回か押してその後に車の絵文字を付け加えて見た。
俺は……ガキか。
慌てて削除してからふと思いついて今度はニッコリ笑った顔の絵文字を付けた。
俺……じゃねぇだろ。
他に何かないかと選んでいると指が滑って決定ボタンを押してしまい、画面に現れてピンク色のハートマークにギョッとした。
ありえねぇっ!
慌てて消しているうちにメールごと消えてしまい今度は深いため息をつく。
だったらそんなもの最初から送らなきゃいいんだよ、と元も子もない考えに辿り着いた俺は真子の言葉を思い出した。
「一日働いているんだからすぐに温かいご飯を食べて欲しいの」
そんなこと言われたら何も言い返せない。
結婚を機に仕事を辞めた真子は残業の多い俺を部屋で今か今かと待ってくれている。
メールを受け取った真子が時間を見計らいながら食事の支度をする姿が目に浮かび、またメールの画面にしてさっきと同じ言葉を打ち込んで少し考える。
『今から帰る。何か欲しいものあるか?』
二日くらい前にも似たような内容で送ったような気がしたが気付かなかったフリをして送信ボタンを押した。
送信完了を確認してからシートベルトを締めているとすぐに着信音が鳴る。
『特に何もないよ! 気をつけて帰って来てね』
そして最後にはピンク色のハートマーク。
それを見て思わず口元が緩んでしまったことに慌てて周りに視線を走らせた。
だが午後十時を回って駐車場にはほとんど車も残っておらずホッと息を吐く。
明日こそは自分も絵文字を使ってみようと何度目になるか分からない決意をしながらアクセルを踏み込んだ。
end
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