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ももフェス'09プロローグ
八月某日ホストクラブ『CLUB ONE』には開店時間よりもかなり早くから従業員が顔を揃えていた。
ただいつも華やかなホスト達の顔には覇気が感じられない、どこか気の抜けたような顔をしているのはこの店のナンバーワンの陸も例外ではない。
「腹減った、何か食いに行かねー?」
「ミーティング終わったらすぐオープンっすよ」
「でも腹減ったー」
「彰さんに何か作って貰ったらどうです?」
こんな緊張感のない会話をするのは陸と響と悠斗の三人組。
ここまでだらりとした雰囲気には理由があった、ナンバーワン陸のバースデーイベント、浴衣で夏祭りイベントなどのイベントで盛り上がった結果がコレだ。
祭りが終わった後の通常営業は若いホスト達にはあまりにも刺激がなさすぎる。
「全員いるなー?」
いつでも変わらないのはさすがオーナーといったところか、今日もスーツに身を包みピシッとした誠が姿を現すとホスト達の顔に幾分か緊張が走った。
誠が座り続いて彰光が少し離れた場所に座る。
全員の顔を確認するようにゆっくりと見渡した誠は話を切り出した。
「前にチラッと話したと思うが明後日から二週間の予定で店内の改装をすることにした。その間はもちろん営業出来ないわけだが……」
誠の言葉にホスト達は一気に色めき立った。
前々から改装の話は聞かされていたが事実上二週間の休暇ということが分かり大半のホストは喜びに顔を綻ばせている。
その中でも一番嬉しそうな顔をしているのが誠の正面に座っている人物だ。
誠は目の前に座るニヤニヤとした気の抜けた陸の顔を睨み付けてから話を続けた。
「ある事情から知人の仕事を手伝うことになった」
「は? 何、どういうこと!」
気持ちが良いほど早い反応を示した陸、それに続くように他のホスト達もどういうことだと誠に視線を集めた。
「だからある事情と言ってる。それで明後日から昼間仕事のない奴だけそっちの仕事をしてもらう、もちろんその分の給料は払う」
中には昼間は別の仕事をしている者もいる、該当する者は興味を失ったように視線を逸らした。
だが大概はホストだけしかしていない、給料が出るのは当たり前として気になるのは仕事内容だった。
「その仕事というのは……」
一旦言葉を切った誠に熱い視線が集まる、少し離れた位置で見ていた彰光はその光景にクスッと笑わずにはいられなかった。
「海の家での仕事だ」
誠の言葉を聞き取れなかったわけでない、誰もが聞き取れていたが理解するのに時間が掛かっている。
「それは……あの夏の間だけオープンする砂浜に立っている海の家のことですよね?」
「その通りだ」
一早く状況を理解した響の言葉に誠は満足そうに頷いた。
この時きっとほとんどの頭の中には同じ言葉が浮かんだに違いない。
――どうして俺達が海の家?
接客業には代わりはないけれど何もかもが正反対だ。
「夜はどうすんの? また別の仕事やんの?」
「いや、海の家は朝から夕方までだ。それ以外の仕事は予定していないから短期で働くことも可能だな」
「ふぅーん……夕方までね。ならいいや、面白そうだしやるよ」
ナンバーワンのまさかの意欲的な言葉に全員が目を剥いた、もちろん誠と彰光は陸の反応は想定内だから驚くこともない。
そして陸がやると言えば他にもやると言い出す者が続くことも想定内、すべてが誠の思惑通りに進んでいった。
「陸さんは最後まで文句言うと思ってたっすよー」
ミーティングが終わった後の悠斗の言葉に陸はニンマリと笑った。
「毎晩麻衣と過ごせるしおまけに金も出るなら文句ねぇし」
密かに聞き耳を立てていた皆が「やっぱり、そこかよ!」と呟いたのは言うまでもない。
「陸、ちょっと来い」
誠に手招きで呼ばれた。
「海の家の仕事のことだけどな、麻衣ちゃんには言うなよ」
「なんで」
「週末は連れてこようとか思ってんだろ。彼女がウロウロしてたらお前は仕事にならん売上が落ちる」
「はー? 何でだよ、別にいいじゃん」
「ダメだ。いいか適当に誤魔化しとけ、出来ないなら……お前だけ二週間住み込みの仕事やらせる。分かったな?」
「は、はい……」
かくしてホストクラブ『CLUB ONE』は夜の街から昼の海へと舞台を移すこととなった。
end
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