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『午前三時の…』
「陸……ねっ……」
「動かないで」
うつ伏せのまま体を起こそうとすると麻衣は優しく制された。
ベッドの中央、パジャマ姿のうつ伏せの麻衣に触れないように体の外に手を付いたまま髪で隠れる右耳にキスをする。
麻衣の口からはため息のような吐息。
右肩に触れるだけのキスをしながら肩のラインをなぞるように移動する。
「ホントに……ごめんね、もう……」
「謝る必要ないよ」
「でも……。お願い、もう十分分かったから……」
「ダメだよ。まだ……ダメ」
身を捩る麻衣の身体を陸は唇と言葉だけで制しながら触れるだけのキスを繰り返す。
ただ、ベッドに付いたままの手は決して動かそうとはしない。
きっかけは帰宅した陸がいつものように眠っている麻衣を抱きしめようとした時だった。
「イヤッ!」
眠っていたはずの麻衣が触れようとした陸の手を拒んだが、麻衣はすぐに慌てて「何でもない」と誤魔化しそのまま泣き出してしまった。
静かな嗚咽を漏らす麻衣を宥めながら陸が理由を聞き出した。
「ち、違うの……分かってるの。ただ、久しぶりに見ちゃったから……ビックリしたっていうか……分かっては、いたんだけど……」
友達と食事に出掛けていた麻衣は、たまたま同伴の女性と一緒にいた陸を目撃してしまった。
しかも陸がその女性の腰を抱くように歩いていた、というのだから間が悪すぎる。
「あぁ……えっと、ごめん」
「違う、違うの! 陸が悪いんじゃなくて……仕事だって分かってるし、ただ……陸の手は色んな女性に触れるんだなぁって考えてたら……つい……」
拒んだ理由を聞いた陸は思わずといった感じで口元を綻ばせた。
麻衣にヤキモチを妬かれることが何よりも嬉しい陸はこれほど嬉しいことはないと抱きしめようとしてすぐに思いとどまった。
さっき触れようとした手を拒んだばかり、気にしていないと言いながらやはり他の女性に触れた手ではまだ不快に思うかもしれない。
陸は両手をベッドに付いて優しくキスをした。
「仕事が終われば俺は麻衣だけのものだよ。でも、唇だけは麻衣以外の誰にも触れないから」
そう言いながら抱きしめない代わりに唇で触れるだけのキスを始めた。
撫でる代わりに髪にキス、手を繋ぐ代わりに指の一本一本にキス、いつも手で触れる場所すべてに唇で触れる優しいキスをする。
その優しいキスに麻衣が涙を零すとその涙も唇で吸い取った。
「唇だけでも麻衣を愛してあげられるよ」
落ち着かせるよう背中をさする時のように、優しく声を掛けながら手の代わりに何度も何度もキスをする。
麻衣は触れられるだけの優しいキスを今までにないほど甘く感じていた。
伝える手段が唇だけだとしても陸はそこから気持ちのすべてを伝えてくれる。
でも、それだけじゃ足りないと体のすべてが訴えていた。
「陸、陸……抱きしめて……」
「ダメ……麻衣が少しでも辛いと思うことを、俺は絶対したくない」
「辛くないの……陸が抱きしめてくれない方が辛いの。……キスだけじゃ足りない、いつもみたいにギュッて強く抱きしめて、お願い」
背中にキスを受けていた麻衣は仰向けになると陸に向かって手を伸ばすと、陸はその手を掴み麻衣の体をかき抱いた。
温かい体温に包まれた麻衣はホッとしたように陸の胸に顔を寄せる。
「抱きしめるだけで足りる?」
「キス……も、して……」
「麻衣が満たされるまで、何度でもしてあげる」
唇から唇へ、それはとびきり甘くて優しい極上のキス。
end
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