×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


 一瞬で世界は変わる



まさかこんなことが現実に起こるだなんて思いも寄らなかった。
言ってみれば、皆毎日バタバタと慌ただしい中で、右往左往と走り回る建物の中。
曲がり角でぶつかって書類をばら撒くだの、相手を吹っ飛ばすだの吹っ飛ばされるだの。
一日に一回はそんなことがある。
だから走るなとも呼びかけているし、緊急事態が起こればすぐにわかるというのもあるのだが。
色々な言い訳がある中でこんな言葉がある。
『その日に限って』、だ。
普段はしない失敗を繰り返したり、なんとなく毎日眺めるだけの占いがたまたま最下位だったり、一口目のコーヒーで舌を火傷したり、靴下が左右バラバラだったり、やけに仕事が重なっていたり。
小さな小さな積み重ねが、『その日に限って』という言い訳の枠にまるっと収まるのは、そのとんでもない出来事が起こった後に実感する後悔にも似た苦い思いであって。
だからつまり、何が言いたいかって。
お互いに、『その日に限って』だったんだよなということ。

重なった仕事、急ぎの報告、お互いに今日は何だかうまくいかなくて。
焦った頭で足を動かして、そうしてそのタイミングで勢い良く曲がり角から突っ込んでくる影に気づくのが遅れて、お互いに吹っ飛ばされた。
頭を勢い良くぶつけて、お互いにしばらく身悶えて、それでもなんとか立ち上がろうと動き出して、感じる違和感。

「…ってー…」

痛みで零れた声に、違和感。
この声はラフだ。
そう、今し方おれの口から出たはずの声………ん?
おかしい、おれはサボだ。
そしてぶつかった相手は「いてて…」と低い声でむくりと起き上がる。
そして、ぱちっと目が合う。
おれだ。

…………………は?


「え、鏡?」
「…いや、こんなとこにねーし 」
「…………え?」

これはもう、中々過去最大級の事件だ。
嫌な予感しかしなくて、恐る恐る口を開く。

「…お前だれだ」
「え、あ、ラフ……って、これ、やっぱサボ…?」

お互いにお互いの姿を確認し、現状を整理する。
そして、混乱する頭に更に雷が落ちた。

「サボ、報告は」
「ラフ!例の書類は!!」
「いやちょっとそれどころじゃ、」
「報告って、ま、待って、待ってください!!」

サボの姿のラフが書類をかき集めて土下座する勢いで提出し、ラフの姿のサボは現状把握の前にまず報告をと、つらつらと要件だけを述べ、今だに自分の姿でわたわたとするラフの首根っこを引っ掴み、そこから脱兎のごとく逃げ出した。
勿論あとに残されたのは大きな混乱のみである。

「よし、まずは落ち着こう」
「サボも落ち着いて、手に持ってるの醤油」
「喉かわいたな」
「それ飲むもんじゃないから、死ぬから」

本当に中々、不慣れ極まりない。
腕を組もうとすれば、あるはずのない柔らかな感触に驚くし、目の前を見ればおれがいる。
ふと手を見やれば、細くて小さい手が目に入る。

「ぶつかった拍子に…ってやつかな」
「…本当にそんなことがあるんだな」
「どうしよう…」

考えてもこんな予想外のことにどう対処すればいいのか。
幸いにも今日はおれはあの報告さえ済ませてしまえば、自室に篭るつもりでいた。
危険な任務とかはない、のだが。

「………あの、非常に言いにくいんだけど」
「問題は風呂とトイレだな」
「そんなさらっと…」

落ち込むようにいうラフだが、おれだってどうしたらいいかわからないんだ!
風呂とトイレって!!
ただでさえ女の体で!しかもラフの体で!
そんなこと出来るわけがないだろ!
熱くなる耳に必死で平静を装うおれを知ってか知らずか。
落ち込んでいたラフが、何かを決意したかのように顔を上げた。
物凄く嫌な予感がする。

「サボ、もうこれはしょうがないことだと思って、お互いに元に戻っても忘れることにしよう!」
「…まさかお前」
「トイレ行きたいの!」
「膀胱炎になってもいいから耐えてほしい」

トイレに駆け出そうとするラフを抑えるべく、ラフの腕を掴んだ。
するとアイツは何を思ったか、逆の手でおれの手を掴んだかと思えばそのまま投げようとする。
待て待て待て、いくらなんでもこれはラフ自身の体だ。
傷なんて付けたくない。
かといってこのままトイレに行かれるのも嫌だ、物凄く嫌だ。
一か八か、おれは勢いを殺さずにラフの頭に頭突きをした。

「…っ!!?」
「く…っ!」

ドサァ…と二人して倒れこむ。
まるで激闘の末に倒れたかのような、見えない砂埃まで見えそうな倒れ方だった。

「ってェ…」

ムクリと起き上がって気づく。
おれの声だ!

「痛い…サボありえない」

起き上がったラフも気づいたのか、おれと顔を見合わせるなりぱぁ…っと表情が明るくなった。
おれは心底ほっとしてラフに頷くと、トイレに向かって駆け出した。


【一瞬で世界は変わる】


おれはおれのままがいい。
ラフはラフのままでいい。
でないと大切に愛せないだろ?





← | →