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執着。そして、

name change clap

1.プロローグ


「森島ってほんと太刀川さんに好かれてるよな」

授業が終わり、ボーダー本部へと足を運ぶいつもの道すがら、私の横で歩く出水がそんなことを言い出した。唐突な話題に驚いて2、3回瞬きをする。私が太刀川さんに好かれてる……?
人に好かれるというのは、そりゃあ誰だって嬉しいものであり、喜ぶべきことなのかもしれないけれど、挙げられた人物の名前を聞いてもあまりピンとこなくて。

「うーん」

などと、曖昧に言葉を返した。

「自覚ないのかよ」

出水はまじ? と言いたげに私を見る。自覚……と言われても。彼の接し方に私とそれ以外の人と、あまり差はないように思える。

「個人戦とかさ、最近は森島とばっかりしてるし」
「そう? 他の人ともやってるでしょ?」
「いや、あんまり。お前が本部に来ない時は隊室でゴロゴロしながらゲームしてるだけだぞあの人」

そうなんだ。それは初耳だ。

「森島との個人戦が終わるとすっげえご機嫌なんだよな〜。太刀川さん」
「…………」

なんだかそこまで言われると照れる。照れはするけど、私とランク戦したあとにご機嫌になる太刀川さんをあまり想像ができなかった。だって私にはそう見えたことがない。自分より弱い相手を散々に叩きのめしてすっきりした顔なら見たことあるけれど。
私はアタッカーとしてB級に上がってすぐ、太刀川さんに弟子にしてほしいと直談判しに行った。身の程知らずだったとは思うし、実際に周りの人間たちは身の程知らずだと笑ってたけれど、どうせ学ぶのだったら一番強い人の元がいいと思ったから。
でも彼は弟子を取る気はないと私をつっぱねて、それならとほぼ毎日、何度も何度も戦いを申し込みに行けばぼこぼこにやられてを繰り返していた。最初の頃の太刀川さんが、あまりにもしつこい私の挑戦にうんざりしていたのは知っている。でも最近になって太刀川さんの方から個人ランク戦のお誘いが来るようになったのだ。それも、私がB級上がりたての頃していたようにほぼ毎日。さすがに私もへとへとになっていて、まるで昔とは立場が逆転しているのだ。それが見る人によっては好かれているように見えるのだろうか。

「十中八九今日もお前を捕まえようとしてると思うぜ」

嬉しいような残念なような気持ちになって、私は苦笑するしかなかった。
そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。せめてまだ、もう少しだけ、私を飽きないでくれてたらいいなと思っている自分がいることに、この時は気づいていなかった。





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