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執着。そして、

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7.たったひとつの


森島は勝つことから逃げた。あの日、森島は夕方から防衛任務があるから10本だけと約束して、俺たちはいつも通りに個人戦をした。俺と戦ってきたこれまでの内に、あいつは間違いなくアタッカーとして成長している。そしてあの時だけは俺は完全に動きを読まれていた。俺の負けだった、はずなのに。森島は俺を落とすその一手を見送ったのだ。森島は本当に馬鹿だから、俺よりも馬鹿だから、自分がどうしてそうしたのかもわかっていないようだったし、それ以前に、自分が腕を上げていることすらも目を背けようとしていた。それがすごく腹立たしくて仕方なかった。

最初の頃は、森島のことを勝つ気概のない奴だと認識していて、それ以上なんとも思っていなかったし興味もなかった。けどあいつの中に『弱いままでありたいと思っている森島風花』と『強くなりたいと思っている森島風花』がいるとわかってから、俺の中になにかが引っかかった。人に興味を持てない俺が、あいつの抱える矛盾が面白くて、あいつの中の『強くなりたいと思っている森島風花』を引きずり出してみたい思うほどに、俺は変わったようだった。
けど森島は一定以上の距離を保ったまま、完全に俺のところまでには来ない。俺はあいつに、人に興味を持たない人間であると認識されており、その方が都合がいいらしい。まあそれは間違いではなかったのだが、今はいい。そっちがその気ならば、森島を俺から離れなられなくさせればいいのだ。あいつが強くなるまでは望み通り圧倒的な力でねじ伏せてやる。あいつに興味がないふりを続けて、少しずつ少しずつ踏み込んでやる。そしてその目論見は実を結んだようで、森島はとっくに俺から離れられなくなっていた。俺に飽きられるのが怖いと言わんばかりの顔を見せられれば、こちらとしては嬉しい限りだが。

だから森島の気持ちにつけこんでをあの賭けを提案した。「B級のアタッカー実力者たちに勝てなかったら、俺はもうお前を相手にしない」と言えば、あいつは意地でも勝とうとするだろ。『弱いままでありたいと思っている森島風花』をころすしかなくなるわけだ。森島は真価を発揮さえすればもうそれなりに戦える。余計なストッパーを外してさえしてやれば。上位入りが前提条件ということで森島は狼狽えていたが、三原隊ほどの連携力ならばあとは森島次第で上位入りできると普通に思っていたし、実際に追い込まれたあいつは何事もなく上位入りをしてみせた。
そして、条件の内の一人だった生駒にも打ち勝ったのだ。賭けがあったとはいえ、森島があんなにも勝ちに固執している姿ははじめて見たかもしれない。俺としては期待以上の結果を得られた。ここまですれば、いくらあいつでも理解するだろう、勝ちたがってる自分自身の存在を。







「賭けは森島の勝ちっすね」

試合観戦をしていた太刀川隊作戦室。その結末を見届けると、俺の横に座ってる出水がぽつりとそんなことを言い出した。

「ん? 俺、お前に賭けのこと言ったっけ?」
「森島に聞いたんですよ」

そう言えば出水は森島とクラスメイトだったな。あいつ出水にはなんでも相談するのか? 別にいいが、俺にはなんにも話そうとしないのにか? 別にいいんだが。

「こんな出来レースみたいな賭けしてまで、森島を追い詰めたかったんですか?」

なるほど。俺とチームメイト、森島とクラスメイトという立場にいるこの男は、なんだか色々と察しているらしい。隠しても無駄っぽいな。けど、森島を追い詰めたいってのはおおよそ当たりだが、素直に認めるのもなんとなく癪な気がした。

「俺の負けなのに出来レースもなにもないだろ」
「いやだから、最初から勝つつもりのない賭けだったってことっすよ。太刀川さんってどんどん迅さんに似てきましたよね」

まあ出水の言う通り勝つつもりのない賭けではあったが、迅に似てると言われるのは割と不本意だ。俺はそんな性格悪いつもりはないぞ。俺がそう異議申し立てをするよりも、出水が疑問を投げかける方がひと足はやかった。

「太刀川さんは人を好きになることってあるんです?」
「お前もけっこう失礼なこと言うよな」
「まーまー、それで?」
「んー……。ないんじゃないか?」

これまで、俺のことが好きだと伝えてきた女の子はいたが、俺はその子にどうしても興味を持つことはできなかった。嫌いではないが、それ以上の感情を持つことはやはりなかった。薄情なものだ。酷いと言われれば返す言葉もないが、それが俺なのだからどうしようもない。

「じゃあ、森島のことは?」
「あいつは……」

森島は、なんだ。確かに他の奴とは違う。少なくとも俺は、あいつが俺から離れられなくなればいいと思っているし、他の人間のようにまったく興味がないわけじゃない。むしろあいつが、俺に自分のことをなにも話さないのがすごく腹立たしい、気がする。けどあいつを引きとどめておくためには、俺はあいつに無関心でいなきゃいけない。だからあいつは俺じゃなきゃいけなかったわけだし……ああ、やっぱムカつくな。こんな風に人に腹を立てるのははじめてで、どうすれば正解なのかわからない。こういうのは、なんて言えばいいんだろうな、この胸の奥の引っかかりは……。

「森島が好きなんでしょ、太刀川さん」

好き。
たったその2文字を咀嚼するまで、何十秒もの時間を費やした。上手く飲み込めなくて、口の中で何度も反復する。
俺が、森島を、好き。

「……なんで俺が森島のことが好きだって出水にわかるんだ」
「あのねえ……。あれだけの執着を見せられて気づかないわけないでしょ」

人に興味を持てない、関心を持てない、淡白で薄情な俺のたったひとつの執着。……そうか、執着か。なるほど。そうだな。

「本当に自覚なかったんすね」
「……いや、まあ、そうだな」

なんと返せばいいのやら。さっきから出水の言うことは全部俺の中の正解なのだから反論もなにもない。

「あんま口出しはしたくなかったんすけど、好きならいじめすぎないでくださいよ。あいつ、太刀川さんの賭けがあってから学校でもずっと上の空だったから」
「上の空?」
「ほんと、見てられないくらいでしたよ」

そうだったのか。賭けの日以降、森島が俺が離れていく恐怖に縛られるようにと、会わないようにしていたからな。だったら間違いなくあいつをそうさせているのは俺だ。それが嬉しいと感じる反面、ほんの少し心が痛い。まるで罪悪感のような。

「おれはこれ以上関わりませんからね。あとは太刀川さんがなんとかしてくださいよ」

出水はそう言い残すと、作戦室をあとにした。
もしかするとあいつ、俺に自覚させたかったのか。森島に対する気持ちを。俺が森島をどう思っているかも、どうしたいのかも。若干気に食わないところもあるが、さすがうちのシューターは仕事ができる。俺はまんまと出水に乗せられたようだ。
……そうか俺は、森島風花という1人の人間にとてつもなく執着しているらしい。それはなぜか? 森島のことが好きだから、だと。そう気がついた瞬間に感じたのは、自分の身体の隅々まで血が通いはじめるような、そんな奇妙な感覚だった。







三原隊の作戦室を訪れてみると森島はすでに居なかった。三原隊の連中から、試合に負けた生駒が悔しがってあいつを10本勝負に誘ったらしいと聞いて、C級ランク戦のロビーへ向かう。そのモニターに映っているのは予想通りの2人。

(あいつ……)

生駒と戦う森島は明らかに先ほどの試合とは違っていた。まただ、また、勝ちから逃げている戦い方だ。賭けた試合ではあんなに必死だったのに、もう勝つ必要もないということか。
俺は森島が好き。そう自覚しただけのことなのに、あいつに対する意識に変化があった。なんてことはない。単純に、優しくしたい。そう思っただけだ。これまではあいつに優しくしようとか、そんなことは意識したことがなかった。俺から離れられなくなればいい。俺の手であいつの中の『強くなりたいと思っている森島風花』を引き出してみたい。そんな一方的な感情でしか森島と接していなかった。それが今はどういうわけか、森島が望んだものを与えたいという気持ちの方が大きくなっていた。こんなこと他人に対して考えたこともないのに、本当におかしくなったみたいだ。だとすれば、俺をおかしくしたのは、紛れもない森島ということになる。手のひらの上で踊らされていたのは一体どっちなんだか。
じゃあ、俺のすべきことはなんだ? 俺より馬鹿な森島は、強くなりたいと思っているのに、なぜか自制してしまう。弱いままでいないといけないとでも言うように。ならあいつは、俺の近くにいたら腐るだけじゃないか。現に今の森島はこれまでと同じように上手く手を抜いている。生駒を落とした時のあの勝ちへの執着はすっかり消えていた。俺はあいつを一時的に縛ることはできても、本当の意味で強くなりたいと自覚させることはできない。……それなら。

「お、太刀川さんや」

10本勝負が終わり、いつの間にかロビーに出てきていた生駒が俺を見つける。その横にいる森島は俺を見て、喜んでいるような、不安がっているような、複雑な表情をしていた。
賭けを踏み倒すと言えば怒るだろうな。いやあいつのことだから、悲痛を滲ませた顔をするかもしれない。……それは見たくないな。
これから起こるであろう未来を少しだけ見てしまった気がして、未来視の能力を持つあいつはいつもこんな気持ちなのかと憂いている暇はない。俺はどう森島に告げなければいけないのか考えながら、2人のいる場所へ歩きだす。

そしてそのあと、俺は人生ではじめて執着したものを、自分の意思で手放した。





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