メインページ | ナノ

執着。そして、

name change clap

6.望んだ敗北と決別


その後の試合はあっという間だった。左手が動かせない状態で小荒井くんと東さんを相手取っても悪戯に点を与えてしまうだけなので、私はそのままエリアオーバーで逃げ切った。自主ベイルアウトするには相手が迫りすぎていたのだ。結果は三原隊2点、生駒隊3点、東隊4点で東隊の勝利となり、試合は終了した。







「森島ちゃん! 今から個人戦付き合うて!」

作戦室を出ると生駒さんが扉のすぐ前に立っており、ともすると顔をぶつけてしまいそうな近さに後ずさってしまった。

「!? 生駒さんか、びっくりさせないでくださいよ」
「ん? びっくりさせた? ごめんなー」

作戦室を出た目の前に居られてびっくりしたのもあるが、もう太刀川さんが会いに来たのかと一瞬思ってしまったのもある。……そう言えば、賭けに勝ったことを報告しに行くべきなのだろうか。今日太刀川隊は防衛任務なしと出水に聞いたから、どこかで試合を見てたとは思うのだが。

「個人戦ですか?」
「せや。森島ちゃんがあんなに力つけとるの知らへんかったわ〜。悔しいから10本だけ。な!」

お願い、と言うように生駒さんは両手を合わせる。お茶目な人だなあ。

「いいですよ。やりましょうか」
「ホンマ? おおきに」

断る理由はない。太刀川さんのところへはこれが終わったあとに行こう。私はもう既に賭けの重圧から解放され、安心しきっていた。もう条件は達成したのだから、これからも私と太刀川さんの関係は変わらない。いやでも弟子にしてくれるんだったっけ? それでもきっと、今までと何かが変わるわけではないだろう。毎日何十本と戦って、散々にやられ、そのあと太刀川さんがなにか奢るぞと言ってくれて、こちらの予定も聞かずじゃあまた明日なと別れる。そんな日々と同じではないだろうか。それだけで私はじゅうぶんだ。いつも通りがいい。
だからと言うわけではないけど、生駒さんとの10本勝負は気が楽だった。まるでテスト週間から解放された学校帰りの気分でのびのびと戦えたと思う。……だけど。

「森島ちゃん、手加減せんでもええんよ?」
「え?」

5本目が終了したというころで、生駒さんがそんなことを言い出した。

「手加減……? してないですよ」
「あれ? ホンマ?」

今の時点で4−1、生駒さんがリードしている。いくら私がさっきのランク戦で生駒さんに勝ったとはいえ、まだ実力では適わないのはわかってる。さっきの試合はたまたま……。たまたま、なんだろう。勝てる道が見えたというか、その一瞬で勝ちたいと思えたからで、いやそれだとまるで私が普段は負けたがりみたいじゃないか。……あれ、負けたがり?

「うーん。俺の勘違いやったか。ごめんね」

生駒さんがそれ以上追求をしてこなかったことに、ほっとしている自分がいるのような気がした。







結局10本勝負は7−3という結果に終わった。予想はしてたけど、私はまだアタッカー上位には届いていないらしい。試合では賭けのことがあって、なにがなんでも生駒さんを落とさなければならなかったから動けたのだろう。私の本当の実力はこんなものだ。
ロビーで生駒さんと合流する。生駒さんがなんだか釈然としない顔をしていたことに気付かないふりをして、勝負ありがとうございましたと伝えようとした時……。

「お、太刀川さんや」
「!」

生駒さんのその一言が、私をフリーズさせた。
振り返ると、視線の先から太刀川さんがゆっくりと歩いてくる。たったそれだけでどくんどくんと心臓がうるさい。

「よう」
「……太刀川さん」

太刀川さん……太刀川さんだ。なんだかすごく久しぶりに会ったような気がする。あの賭けの日以降、1度も個人戦をしてなかったからかな。会えて嬉しいような、でも少しだけ複雑な気持ちが入り交じって、なんて言ったらいいかわからない。お久しぶりですね、とか?
すると横にいる生駒さんの方が先に口を開いた。

「太刀川さん、森島ちゃんごっつ強くなってはりましたやん」
「まあな」
「そないなら言うてくださいよー」
「まあまあ。お前でも負ける時は負けるだろ?」

生駒さんが気さくに太刀川さんに話しかけてくれるくおかげで、私は少しだけ心の余裕を保てた。しばらくして生駒さんは隊の反省会に戻ると言い、私に10本勝負に付き合ったお礼を述べて、作戦室に帰って行った。……そして太刀川さんと2人きりだ。久しぶりすぎて、今までこういう時なにを話していたのかが思い出せない。私が言葉選びに迷っていると「今から時間あるか? あるならちょっと来てほしい」と太刀川さんが聞いてきた。めずらしい。だって太刀川さんは、出会ったら問答無用で私の腕を引っ張りランク戦のブースに押し込むような人なのに。気遣いというものを知ったのだろうか。太刀川さんに気遣われるとどこかむず痒い気もするが。

「特に予定はないですよ」

生駒さんとの10本勝負が終わったら会いに行くつもりだったし。

「そうか。じゃあ行くぞ」

でもやっぱり太刀川さんは太刀川さんだ。私の腕を掴んでどこかへと歩き出した。……心なしか、私に歩幅を合わせてくれているような気がしないでもない。なんだろう。いつも変だけど、今日の太刀川さんはうんと変な気がする。体調でも悪いのだろうか。
太刀川さんに連れてこられた部屋は、使われていない小規模な会議室だった。ぱたんと扉を閉め、太刀川さんが壁に寄りかかる体勢になる。

「試合とさっきの10本勝負、見たぞ」
「そう、ですか」

見られているとは思っていたけれど、改めてその事実を伝えられるとなんだか恥ずかしい。恐る恐る口を開く。

「賭けは私の勝ちですよね?」
「そうだな」

よかった。太刀川さんのその一言を聞いて、安堵と解放感に満たされた。でも、目の前のこの人はなぜだか少しだけ、苦しそうな表情をしている。どうしたのだろうかと本気で体調を心配していると、太刀川さんはゆっくりと口を開いた。

「けど、悪い。やっぱだめだわ」
「?」

だめ、とは。

「森島は俺じゃだめだわ」
「……まって、どういうことですか」

唐突に襲ってくる不安。嫌な予感。今度は前よりも強いものだった。

「お前が俺になりふりまわず挑んできたのは、自分は弱いって思いたかったからだろ」
「え……」

どくんと、ひときわ大きく心臓が鳴って痛い。違う。そんなわけないじゃないですか。そう言いたいのに口が動かない。太刀川さんは低い声のまま告げる。

「賭けのために必死に生駒に食いついて、勝って。で、賭けが終わったらまた負け試合を続ける」

ちがう。

「そこまでして負けたいなら、俺の弟子になる必要なんかないだろ」
「ち、ちが……います」
「なにが違うんだ?」

どうしてそんなこと言うんですか。どうしてそう言う太刀川さんはそんなに苦しそうなの?
疑問は全て言葉にならなかった。目の前の彼はそれをいいことに、一方的に言葉を投げかける。

「悪いが賭けは無しだ」

太刀川さんはそう言うと、私の言葉を待たずに部屋を出ていった。1人残された私はどうしていいかわからずに立ち尽くし、たたただ扉で間仕切られたその先を眺めるしかなかった。





←前]|[もくじ]|[次→

top]|[main