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嫌いと言って肯定して


昔から、自分をさらけ出すのが苦手だった。嫌なことも悲しいこともあったけれど、そんな時に涙を流したり怒ったりはしない。自分の感情に見て見ぬふりをして、ぺたりと笑顔を貼り付ける。周りの人間が落ち込んでいるのを見るのが苦手で、明るく振舞おうとする。馬鹿だなあとは思うけれど、でもそれは決して悪いことではないはずだ。真面目に問題に向き合う役目の人間がいれば、私のように、明るく笑って雰囲気を和らげる役目の人間が1人くらいいてもいい。だってこれまでも「風花ちゃんがいてくれてよかった」と言ってくれる人はたくさんいたから。
でも、子どもの頃からそういう性分だったせいか、時々わからなくなることがある。私は今、何を感じているのだろうと。いつだって私は『私じゃない私』を演じて、明るく笑って、だけど本当の私は……?
そんな時は、ふとあの時のことを思い出す。諏訪さんに呼び出された私は、いつものように明るく笑っていた。

「俺、森島のこと嫌いだわ」

そう言う諏訪さんの表情が、ひどく切なく見えて、正直な人だなと思ってしまう。本当にこの人は嘘が下手だ。

「ひどいなあ」
「そうやって笑うところとか」
「諏訪さんは私のこと好きなんだと思ってた」
「はあ!?」

よほど驚いたのか、図星だったのか、大声を上げられるとこっちの方がびっくりする。

「今さっき嫌いだっつったばかりだよな!?」

あ、ほらまた。言ったあとに心が押しつぶされたような顔をされると私まで苦しくなる。だから諏訪さんにも笑ってほしいのに。

「ごめんね諏訪さん」

諏訪さんの言葉は嘘だけど、素直な気持ちをそのまま言葉にしているんだろうなあなんて、矛盾した感想かな。だから私も素直に答えたい。

「でも、嫌いって言ってくれて嬉しかったよ」

今の私にも、嘘はない。
他のみんなは『私じゃない私』を必要としてくれるけど、諏訪さんは……諏訪さんだけは嫌いだと口にしてくれる。それがすごく嬉しかった。私は、すぐに自分がどこにいるのかわからなくなるから、そういう時に諏訪さんは私を拾ってくれる。私が私であれるのは、私を否定してくれる諏訪さんがいるからだ。
なのに諏訪さんはまた、悲しそうにする。

「なんで笑うんだよ」
「ほんとに嬉しいって思ってるから」
「はあ……馬鹿だなお前」
「へへ、ありがとう」
「褒めてねえんだよ! 喜ぶな! マゾか!」

そんなことを言われても、嬉しいものは嬉しい。マゾではないけど。

「悔しくねえのか、お前は」

悔しくないのか、そう問われると見て見ぬふりをして蓋をしていたここ1ヶ月の記憶が蘇る。
B級ランク戦のシーズン、B級隊員なら誰もが努力の成果を発揮しようと意気込むこの時期。私の所属している三原隊も例にたがわず、上位を目指していた。私も、三原隊のメンバーとして努力したし、じっくり作戦も練った。いろんな人に力を貸してもらった。でも、結果はついてこなかった。
諏訪さんは1番隣で私を見ていた人で、先輩としていろんな知恵をさずけてくれた。この人は少し優しすぎるところがあるから、私が落ち込んでるのではないかと心配してくれているのも、私は知っていた。だから大丈夫ですよ、気にしてないですよと私はいつものように笑顔を貼り付けるのだ。

「笑うな」

私のことを嫌いだと一言で否定してくれるのはすごく嬉しいのに、そうやって心底私を心配してくれるようにされると、いたたまれなくなる。

「……私が泣いたら、みんなびっくりしちゃうでしょ」

逃げ出したい。ここにずっといたら本当に仮面を剥がされて泣いてしまいそうだ。人前で感情をさらけ出すのは嫌なのに。それなのに諏訪さんが私の腕を掴んでくるからどうしようもない。あなた読心術者ですか。

「だったらここで泣けばいいだろ」

諏訪さんは私の頭に手を伸ばすと、その広い肩にぽすんとおさめた。

「秘密にしといてやるから」

ああまたひとつ、私は諏訪さんに拾い上げられたらしい。今なら誰も見てない。この時だけは、私が私のままでいても、誰も気づきはしなかった。






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