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執着。そして、

name change clap

5.望んだ勝利と真価


ボーダーの入隊日に、たまたま見た光景が今も色濃く目に焼き付いている。C級ランク戦のロビー、まだ右も左も分からないC級隊員がわらわらいて、彼らの目線の先にはモニターの向こうで戦っている名前も知らない誰か……。1人はカメレオンを駆使するスコーピオン使い、もう1人は私と同じ弧月を両手で使っていた。素人目で見ても彼らの戦闘力は圧巻で、特に弧月使いの彼の強さに私は惹かれた。いや、惹かれた……と優しい表現するよりも、心臓を鷲掴みにされたと言った方がいい。それくらい、彼の存在は衝撃だった。いくら私が強くなりたいと願っても届かないだろうなと、なにを大袈裟なと言われるかもしれないが、このぽっかりと空いた心の隙間を埋めてくれるのは彼なのではないかと、真剣にそう思ったのだ。







「太刀川さんとなんかあった?」

学校の昼休み。友だちと弁当を広げ何気ない会話を楽しむ時間帯ではあるが、心の中のもやもやとした何かに気を取られてほとんど上の空だった私と、それを見かねたのか突然「ちょっと話がある」と連れ出した出水、私たちは二人きりで屋上にいた。太刀川さんのことを問いただされ、出水にならいいかなと、先日の賭けについてかいつまみながら話す。するとなにかと合点がいったらしく。

「なるほどな。昨日の試合の森島、なんか変だなと思った」

と、呟いた。
昨日の試合……B級ランク戦中位の部の第1試合、私が所属している三原隊と諏訪隊、そして鈴鳴第一との三つ巴戦のことだ。隊の仲間と念入りに作戦を話し合い、ステージ選択権もあってなんとか高得点を上げ、三原隊としてははじめての上位入りを達成させた。あれだけ上位入りは無理だと思っていたはずなのに、驚くほどすぐに叶ってしまい、喜びというよりも信じられない気持ちの方がうんと強いのが正直なところで、あまり実感が湧いていないのだが。

「変?」
「変と言うより、ある意味それが正常なんだけど……。なんていうか」

出水は顎に手を当てうーんと唸る。

「鋼さんを食いにかかってる感じがした」

それは、そうかもしれない。だってあの賭けのことがある。太刀川さんとの賭けの内容は、上位の部でアタッカーの実力者たちの誰かに勝つこと。村上先輩はその条件の内の1人だったし、中位の部だとはいえ、ここで負けたくはなかった。でも結果的には三原隊は勝ったけど、私自身は村上先輩に落とされてしまった。だからだろうか、もやもやしてあまり喜べないのは。

「お前があんな必死なのはじめて見たかもな」
「えー。それはさすがに言いすぎだよ」

私はいつだって必死に太刀川さんと戦っているつもりだ。第三者からはそう見えないかもしれないけれど。……でも、ふとあの賭けをした日のことを思い出す。太刀川さんを落とせたはずのあの瞬間、私は攻撃を仕掛けなかった。必死じゃないだろと指摘されれば否定はできないのかもしれない。私にだってあの時動かなかった理由がわからないのだから。そしてそれが太刀川さんの癇に障ったのか、今回の賭けを持ち出されたわけだけど。

「森島ってさ、二重人格?」
「へ?」

はじめてそんなこと聞かれた。二重人格? 二重人格とはあれか、解離性……なんとかという、自分の中の一部が別の人格となって、まるで2人分の人格が1人の体に宿っているように見える、あれのことか。誰が? 私が?
よほど私は怪訝な表情をしていたのだろう。出水が慌てて補足する。

「いやほんとにそうだとは思ってねーよ! けど、矛盾だらけじゃんお前って」

矛盾だらけ。なぜだかその言葉は妙に違和感なく私の中に収まった。私のなにが矛盾しているのか、どうしてそう見えるのか出水に聞いてみたかったけど、なんだか少し怖いような気がして躊躇した。出水はそんな私には気づかずに言葉をこぼしていく。

「太刀川さんも太刀川さんだけど、お前もお前だと思うぜ。2人ともなんでもっとこう……こうさあ……」

なにがもどかしいのか、言葉に詰まりつつも出水は私に感情をぶつけた。

「あーもー! 上手く言葉にできねーけど、おれから言わせりゃ2人とも馬鹿だ」
「……失礼だなあ」

しかし馬鹿と言われても怒る気にはなれなかった。たぶん外から私たちを見てる出水は、なにをどうすればいいのか解決策に気がついているのだと思う。それを言うか言わまいか迷っていて、どこまで首を突っ込むべきか悩みあぐねているといったところだろうか。本当は、私たちのことは私たちで解決しなくてはいけないのだ。だけど出水は不器用に優しいから、わかりづらくても、助言だけでも言わなくては気がすまないのだろう。めずらしく真剣な顔で私の目を見つめる。

「次の試合、生駒隊と東隊だろ? この機会にちゃんと見つめ直せよ。森島自身のこと」







生駒隊の生駒さんとは随分前に10本の個人戦をしたことがあり、戦績としては8−2だった。今の実力差はどうかわからないが、生駒さんはアタッカーランク6位に君臨するほどの成長を遂げているのだから、その差は歴然だろう。集団戦だからタイマンではないことだけが救いか。
B級ランク戦上位の部。試合開始間際、三原隊の作戦室で最後の打ち合わせをしている間も、私は生駒さんの攻略法を考えていた。もちろん、試合の運び次第では生駒さんとかち合わずに終わることもあるだろうが、その時はその時だ。まだ試合数はたくさん残っている。チャンスはある。内心感じている焦りを宥めつつ、ふと、出水の自分自身を見つめ直せという言葉がチラついた。どういう意味なのだろうか。私は太刀川さんに飽きられてしまうのが怖いのだと気づいてしまった。だから生駒さんになんとしても勝たなくてはいけない、それではだめなのだろうか……。考えても答えは出ない。今は試合に集中しよう。
最後まで作戦を確認し合い、トリオン体が仮想ステージに転送される。三原隊はじめての上位の部の試合が開始した。

打ち合わせ通りに物事を進めるというのは大変難しいもので、三原隊としては連携で水上先輩を落とせたものの、生駒さんの逆襲に合い、残ったのは私1人となってしまった。形勢は一概に良いと言える状況ではなかったが、一方で南沢くんが東隊に捕まり、そのまま南沢くんと相打ちの形で奥寺くんもベイルアウトしたらしく、敵チームの数も着実に減っていた。
私は1人になった時点で、バックワームで身を隠しながら建物の中に潜み、生駒隊スナイパーの隠岐くんの位置を検討していた。隠岐くんが残っていては生駒さんを落とせないから。オペレーターのデータと合わせて狙撃位置を絞り込む……と、その時。

「わっ、なに!?」

突如、建物がガラガラと崩れ始めた。
生駒さんの旋空? 建物を崩して私をあぶり出すつもりなのか。まだ東さんの狙撃も残っているのに。

「生駒さん……!」
「見っけたで森島ちゃん」

1対1……いや、隠岐くんもいるからから2対1だ。非常にまずい。こういう場合は隠岐くんの居場所が割れるまで、生駒さんの間合いに気をつけながら下がり気味で戦うのが得策だが、今はそれで凌げてもここに小荒井くんまで乱入してきてしまうと、東さんを含めて2体2対1。私が生駒さんを落とせる確率はさらに減ってしまう。レーダー上で見る限り、おそらく小荒井くんはまだこちらへは来ない。勝負を仕掛けるから今のうちか? でも隠岐くんが……。
ぐるぐるとまとまらない思考で随分と焦っていたと思う。その時だ。200m先の高層マンションの屋上から、光の軌跡が空へ伸びていくのが目に入った。

(ベイルアウト……隠岐くん?)

レーダーを見ると、小荒井くんらしき反応がまだ残っているから、東さんとの連携で隠岐くんを落としたのだとわかる。ということは、もうこちらへの援護射撃はないわけで、それはつまり……生駒さんを落とすなら今しかないということだ。
私はぐんと間合いを詰め、攻め込む。弧月の打ち合う音が半壊の住宅街に響き渡った。

「森島ちゃん、なんや腕上がってへん?」

そうでもないです、と謙遜する余裕はなかった。生駒さんの動きを見極めるだけで精一杯なのだから、なかなか反撃できない。このまま打ち合えばこっちが崩れてしまいそうだと思った矢先、生駒さんの鋭い一太刀が左腕を掠める。まずい……でも、ここで下がってしまったら生駒さんの旋空を浴びることになる。まだ、なんとか、もう少し。

(あ、今)

この感覚。あの時太刀川さん相手にも感じたそれと同じだ。たった一瞬、それでも確かな勝ち筋がはっきりと見えるのだ。……勝ちたい。そう思った瞬間に身体が動いた。ここだ、と弧月を持つ右手に神経を注ぎ、生駒さんに太刀を浴びせる。

「!」

生駒さんは瞬時に反応してシールドを貼ろうとするも一手遅く、斬撃はそのまま真っ直ぐにトリオン供給器官ごと斬り裂いて。

「……あかんわ。やられた」

生駒さんの身体にヒビが入り、みしみしと伝染する音が響く。そして次に耳に届いたのは「戦闘体活動限界」の音声と、それからトリオン体の破裂音――。
まだふわふわした感覚の中、はっきりとした音だけが私を現実に引き戻してくれた。

……私は、生駒さんに勝ったのだ。





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