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執着。そして、

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3.無関心は救いとなって


以前、彼女はこう言ったことがある。

「やっぱり太刀川さんじゃないとだめだなあ」

散々に俺に挑んでぼこぼこにされたあとの言葉だった。
どういう意味かはわからないが、その時はさして彼女に興味がなかったから適当に「そうか」などと言ったような気がする。
俺じゃないとだめ、というのはおそらく、異性として好意を寄せているという意味ではないだろうな、だとはぼんやりと察してはいたが。

「お前はもっと身の丈にあった相手に挑めよ」
「うーん、でもなあ」

はっきりしない返事にイライラとはしなかった。身の丈にあった相手に挑め、という俺のアドバイスは的を得ていると思うが、それは彼女のことを思ってのものではなく、当たり障りのない表面だけの言葉でしかなかったからだ。俺は本当に淡泊だと自覚はしている。何かにこだわったことだとか、執着したことなんてこれまでなかった。それは今も変わらないと思っているが、確かにわかったことはある。

森島は、俺じゃないとだめだったんだ。

圧倒的な強さで、慈悲もなく、自分を負かしてくれる存在が、彼女の中では俺しかいなかったのだ。







本部のラウンジでノートパソコンとにらめっこをしながら、どうにかこうにか大学に提出するレポートの文字数でも稼げないかと試行錯誤していると、頭上から声が降ってきた。

「太刀川さん? なにしてるんです?」
「なんだ、森島か」

顔を上げるとふわりとしたミディアムの髪と、ぱちっとした大きな瞳に思わず見惚れる。あれ、今日こいつ……。

「お前、今日学校なかったのか?」
「え? ああ、そうですよ。出水に聞きました?」
「いや、お前がメイクしてくるのは休日だけだろ?」
「え」

森島は元から大きな瞳をさらに丸くした。そして。

「太刀川さんって……そういうの気づく人なんだ」

と、大変失礼なことを抜かした。いや、だが森島の言うことは間違ってはいない。俺は人の微々たる変化にあまり関心がない。女性がメイクを替えようが、前髪を切ろうが、あまり関係がないことだと思ってるし。でも森島は……違うからな、なにが違うのかよくわからないけど、他の女とは違うから、気づいた。

「今日は創立記念日で学校はお休みです。太刀川さんこそ、こんな平日の昼間っからここにいていいんですか?」
「今日は一つも履修してないから、俺も休みだ」
「へ〜すごい。大学生みたい」

大学生だからな。
すると森島は俺と向かい合って座り、「私も今課題やっちゃお」と、カバンから教科書とノートを取り出す。へえ、真剣に勉強に取り組む時はこんな顔をしてるんだな。
こいつがB級上がりたての頃の、戦ってる時の顔が好きじゃなかった。あまりにも勝ちに執着していない戦い方も。「勝負してください!」と俺に挑んでくる森島を、周りは身の程知らずとも、向上心がある胆の座った奴だとも言った。けど実際は、ただ圧倒的な力にねじ伏せられたかっただけなのだ。どうしてなのかは知らない。おそらく知らないから……こいつに興味がないからこそ、森島にとって俺は都合がよかったのだ。
でも他の奴を負かして、俺からもはじめて1本取って、森島は少し変わった。勝ちたい強くなりたいと思っている自身がいることに気づいて、戸惑いながらも喜んでいるような。だから俺も、あの時は素直に喜んでやった。それからだ、こいつの中の『強くなりたいと思っている森島風花』を引きずり出してやろうと思ったのは。それは親切心などではなく、嗜虐心と読んだ方がいいかもしれない。だって少なくとも目の前のこいつはそれを望んでいないから。

「森島」
「はい?」
「お前は、まだ俺じゃないとだめって思ってるのか?」

森島はぴたっとシャーペンを止めた。顔が上がると、なにかに怯えるような目が俺を見る。

「……太刀川さんは」

少し迷ったように、ゆっくりと口を開く。

「太刀川さんは、私の過去とか知らないし、興味もないでしょ?」
「そうだな」

いや少し違う。昔はそうだった、でも今は……。知らなくてもいいとは思ってはいるが、まったく興味がないわけではない。

「だからいいんです」

森島はいつだって自分のことを語ろうとしない。それが少し腹立たしかった。
俺は本当に淡泊だと自覚はしている。何かにこだわったことだとか、執着したことなんてこれまでなかった。だが今は違う。違うのに、俺はそう言えなかった。言ってしまえば俺の目の前にいるこいつは、消えてしまいそうだったから。





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