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されど二週間


「あー森島に会いたい」

三門市某所。とある居酒屋で俺たちは酒を飲んでいた。ゴトッ、と飲んでいたビールグラスを机に置いて突っ伏すと、机をはさんで座っている堤がはあ、とため息をつく。

「それ何度目ですか……。だったら諏訪さんから会いに行けばいいでしょう」
「行けねーから言ってるんだろ」

森島はまだ高校生。高校生っていうのは何かと忙しいらしく、ボーダー本部にいる以外の時間は学校のなにかしらに費やしているのだと。今は絶賛定期テストの勉強中で、もう2週間ほどあいつの顔を見ていない。テスト期間ってそんなに長かったか?あいつ真面目すぎるからテスト勉強期間を長めに取っているのか。ありうるな。

「だいたい俺はあいつの彼氏じゃねえ」
「そうですね」
「…………」
「…………」

堤の奴とは長い付き合いだ。だからこそ、俺がどうしてほしいのか知っている。そしてあえて言わないのだ。

「あー森島に会いたい」

そして話はふりだしに戻る。会いたい。俺を見つけた瞬間にぱあっと笑顔をつくるあいつに。表情筋は本当に素直なのに、性格は素直じゃなくて、少しつつくとすぐ怒る。口喧嘩もよくするが、次にあった時にはまたあの笑顔を向けて駆け寄ってくるのだ。正直に言って、すげえかわいい。口喧嘩をするといっても彼女自身は割と奥ゆかしく、人に甘える性分じゃないところもいじらしく感じる。めいっぱい甘やかしてやりたいと思うし、その時の反応を見てみたい。会いたい。
すると、しびれを切らしたのか、堤がぽつりぽつりと呟き始めた。

「……オレなら、もう手っ取り早く告白しますかね」
「…………」
「もちろん相手は今多忙の身なので、落ち着いた頃を見計らって、ですけど」
「…………」
「玉砕すればそれで諦めがつくし、受け入れてくれたら、後ろめたさもなく好きな時に会えるでしょう?」
「…………」

まあ、オレならそうするって話ですけど。と付け足して堤は日本酒を注がれたグラスを口に持っていく。
わかってるさ、そんなこと。結局のところ、俺は頼りがいのある後輩に後押しされたくて今ここに奴と2人いるのだから。好きなだけ飲めよ。飯代はもちろん俺持ちだ。相談料込みだからな。
帰りに一言ありがとなと伝えれば、堤はやれやれと言わんばかりの笑みをつくりこう言った。

「諏訪さんなら大丈夫ですよ」



******



諏訪さんとはよく口喧嘩をする。といっても、コミュニケーションのようなもので、じゃれ合い呼んでもいいだろう。毎日の日課であるとも言える。
けれど最近はその日課を果たせていない。果たせていないなんてまるでノルマのようなニュアンスに聞こえるが、それはさておき。私は今高校生という立場上、定期テストという一大行事をサボるわけにはいかない。勉強をしなくてはならないのだ。よってかれこれ2週間ほど、防衛任務を休ませてもらっており、ボーダー本部にも行っていない。つまり2週間も諏訪さんに会っていないということだ。

「諏訪さんに会いたいな……」

会いたいけど、付き合ってるわけではない。付き合ってもない相手に会いたいと思われてると知ったら、諏訪さんはどう思うだろうか。引かれたくないなあ。でも諏訪さんと話すのは楽しい。からかわれるとつい反抗してしまうけど、それさえも楽しくて、ああ諏訪さんと話すの好きだなあと思う。相手は大人で私は子どもだから、付き合うとかそんな高望みはしないけれど、せめて今のまま、楽しく会話ができる関係でいたい、なんて。
会えない日が続くほど、勉強が滞る。集中できない。だめだな……テストが終わるまであと3日じゃないか、あと少しだけなんとか乗り切ろう。そうは思うものの、やはり集中は途切れ途切れのまま、3日間を過ごしてしまった。







「森島」

久しぶりに聞く声に胸が高鳴る。諏訪さんってこんな優しい声してたかな。

「諏訪さん!久しぶりですね」

ずっと会いたいなと思っていた相手に会えると、こんなに嬉しいものなのか。傍から見れば、2週間会えなかっただけのことなのに。
諏訪さんは駆け寄る私に軽く手を振った。まるで待っていてくれていたかのようで、さらに嬉しくなる。

「テスト終わったのか?」
「終わりました!やっとこっちにも顔出せます。長かったなー」
「おつかれさん」

諏訪さんは優しい。よく私をからかうけれど、頑張った時には素直に褒めたり労ったりしてくれる。やっぱり大人なんだなあと思う。だから私は少しくらい甘えてもいい気がするけど、素直に甘えるのは恥ずかしいし、それに私たちは恋人じゃない。

「お前、今日は予定あんのか?」
「予定?」

なぜ予定など聞くのだろう。ご飯でも連れていってくれるのだろうか。いや、でもなんで?

「うちの隊、夜に防衛任務入ってます。テストも終わったし、これからは通常運転です」
「何時に終わる?」
「えっと、11時に」
「11時か…」

さすがに遅いな、と呟いて諏訪さんは考え込んだ。

「もしかして夜ご飯でも食べさせてくれるんですか?」
「あーそれもいいな」
「えっ! ほんとに!?」

冗談で言ったつもりが、本気にされてしまったようだ。でもさすがに夜の11時は……私を連れて街を歩いていたら職質されるのでは……。

「いや、今日は無理だろ。どうせだったら……」

と、そこまで言ってこちらを見つめてきた。なんですか。あんまり見られるとどうしていいか困る。居心地が悪いわけじゃないけれど、なんというか、照れてしまう。

「森島、ちょっと来い」
「え、えっ」

諏訪さんは、戸惑う私を連れて歩いてゆく。階段を上り、向かう先は屋上だろうか? 屋上じゃないと話せないことでもあるのか。人がいない場所? だとしたら……。あれ、もしかして? いやでも諏訪さんは大人で、私は子どもで、私は諏訪さんと話すのが楽しくて、喧嘩するのも好きで、そんな高望みは……でも、でも……。ぐるぐると頭をまわしているといつの間にやら屋上に着いていたようだ。

「どうした?」
「え、いや、えっとなんか勝手にテンパっちゃって」
「なんでだよ。まだなんも言ってねーぞ」

諏訪さんは笑っているけど、私はそれどころではない。心臓の音が大きくて、なんだか頬が熱い気がする。

「屋上なんてはじめて来たなー」

落ち着きたいから時間がほしい。だからなんとか適当な話題を絞り出してはみたものの、その先の言葉が続かない。やばいやばい、諏訪さんを見れない。

「なあ森島、なんでテンパってんだよ」
「だ、だって」
「だって?」

本当にどうしたのだろう。こんなこと今までなかったのに。諏訪さんと2人になって緊張するなんて。
言葉に詰まったままの私に、諏訪さんがゆっくりと近づく。

「森島」

優しく呼ぶ声も、もしかしたら私を落ち着かせようとしているつもりかもしれないが、まったくの逆効果ですよと言えるくらいの余裕があればよかったのだけれど、あいにくそんな大人ではない。俯いた顔を持ち上げるのに精一杯だ。諏訪さんの顔を見ると悪戯っぽくニヤリとしている。どうしてそんな楽しそうなんですか! と、いつもの調子で言いたかったのに、私としたことがとんでもないことを口走ってしまった。

「……諏訪さん、私のこと好きなの……?」

わああ!? ちがう! テンパるといっても限度があるだろう私! 自分の意志に反してこんなことを聞いてしまった私は馬鹿そのものであり、なに自惚れてるんだと恥ずかしくなった。

「ごめんなさい諏訪さん違くて……!こんなことを聞きたかったんじゃなくて、あの」

ああもういやだ。なんで私はこんなに恥ずかしい思いをしているのだろうか。諏訪さんばかり余裕で、私は涙目なのに、なんで、ずるいですよ。

「落ちつけ落ちつけ!わりぃ、いつものくせで」
「くせ……?」
「聞いて怒るなよ」

こくんと頷く。すると大きな手が、私の頭を撫でた。慈しんでいるかのように。あたたかくて気持ちがいい。

「お前は表情がころころ変わるから、見てるのが楽しい」
「……そ、そう、なの?」
「だからからかいたくなる」
「…………」
「けどそれ以上に、優しくしたいし、甘やかしたい」
「え?」

優しくしたい? 甘やかしたい?
諏訪さんが優しいのは知っている。私とは口喧嘩ばかりするけれど、頑張った時には素直に褒めたり労ったりしてくれる。他の隊員にも優しいし、口は悪いけど諏訪さんの優しさはみんなに伝わっているだろう。でも、甘やかしたいってどういうことだろう。

「どういうこうもないだろ」

諏訪さんは優しく笑う。そして真っ直ぐにこちらを見つめて。

「森島、好きだ」

ああ、諏訪さんってこんな優しい声してたかな……。2週間会えなくて、会いたい、たくさん話をしたいと思って、でも付き合ってるわけではない相手に会いたいと思われてるなんて引かれないかなとか、私は子どもで、諏訪さんは大人だからとか、高望みはしないから楽しく話せればいいななんて、そんなふうに過ごしていたのにこの人は……。
瞳に溜まった涙が決壊したらしく、頬が濡れていた。ふしぎなもので、涙が零れたことに気がつくと、思い出したかのように嗚咽もこぼれる。諏訪さんは私が落ち着くまで待ってくれていた。

「……諏訪さん」
「ん?」
「私は諏訪さんと話すのがすごく楽しい。喧嘩するのも、近況を報告しあうのも、愚痴を言ったり聞いたりするのも好き」

好き。

「諏訪さんが好き」

この言葉は、口にするとしあわせな気持ちになるんだと、はじめて知った。







「そういえば、今日私が夜に防衛任務が入ってなかったらどうしてたの?」
「あー……」

別にそんな難しい質問じゃないだろうに、諏訪さんは少しバツが悪そうにして頭をかいた。

「お前が言ったように飯でも誘うかとも思ったが、どうせなら付き合ってからゆっくり時間とって一緒に過ごしてえなと思ったんだよ」

なるほど。そういうことだったんだ。

「どっかで丸1日遊ぶぞ。お前の好きな飯食わせてやる」
「でも奢ってもらうのは悪いですよ」

諏訪さんと過ごすのは楽しそうだ。でも奢られるという行為は心苦しくてあまり好きではない。

「理詰めで勉強頑張ったんだろ?」
「そうだけど……」
「じゃあそのご褒美だな」
「だったらお昼ご飯は私が奢ろうか?」
「お前な……」

どうしても引き下がらない私に、諏訪さんに呆れられたらしかった。

「俺が! 森島を! 甘やかしたいからするんだ」
「わっ」

そう言って強めに私の頭を撫でつける。照れる顔を見せたくないのだろうかと察して、なんだかかわいいなあと思ってしまった。
ああでも、諏訪さんとご飯か……。嬉しくないわけがない。だってずっと好きで、好きだと気づいたのはついさっきだけれど、そんな相手がそう言ってくれるのなら、いいのかもしれない。少しくらい甘えてもバチは当たらないかもしれない。

「じゃあ……お願いします?」

何故か私が疑問形で答えを返すと、諏訪さんはふはっと笑って「任せろ」と言ってくれた。

「絶対遠慮すんなよ」
「私、たくさん食べますよ」
「……加減はしろ」
「ふふ、はい」






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