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執着。そして、

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2.いつものことだけど


本部に着くとやはりと言うか、すぐに太刀川さんに捕まった。

「よう、出水、森島」

背後から聞きなれた声が飛んでくれば、私たちは顔を見合わせる。出水が小声で「ほらな?」と耳打ちした。

「めずらしく米屋は一緒じゃないのか」
「あー、三輪隊が昼から防衛任務だったんで」
「そうか」

太刀川さんはそう言うと、くるりとこちらへ体を向けて笑う。ああこの笑顔……最近この人はこういう顔をする。なんだか慣れなくてたじろいでしまうのは防衛本能だろうか。

「森島」
「はい」
「いくぞ、ブース」
「は――」

い。と言う前に、私の腕はそのまま太刀川さんに引っ張られていく。返事は最後まで聞いてくださいよという文句がこの人の耳に届いたかはわからないが、後ろにいる出水の「おれ先に作戦室行ってますねー」という声には「おー」と返すあたり、底意地が悪いなあと思う。これで私が太刀川さんに好かれてるように見えるなんて出水の目を疑うね。







それぞれのブースに入ると、いつも通り勝負の本数を決める。まあいつも通りなのであれば大抵10本を1セットとして2〜4セットくらいだろう。

「今日は何セットにします?」
「できる限りがいいな。森島お前、今日防衛任務あるか?」

防衛任務があるかどうかは個人戦に誘う前に聞くものではないだろうか。

「いや、ないですけど……。せめて先に本数を決めておかないと、太刀川さん止まんないでしょ?」

以前、そうしなかったことで気がついたら日付を超えていたことがある。たまたま居合わせた忍田さんに、歯止めが利かないにもほどがあるだろうと怒られてしゅんとする太刀川さんは少しかわいかったけれど。だけどもうあんな目にはあいたくない。

「ちゃんと日付変わる前には終わらせるぞ」
「当たり前です!」

結局10本勝負を3セットということで試合ははじまった。







私は太刀川さんに弟子入りを断られてからも、他の誰かを師事したことはなく、ただひたすら太刀川さんに挑むという手荒な方法で少しずつ剣を磨いた。もちろん相手は今やA級1位、アタッカーランク1位、ソロ総合ランク1位という猛者の猛者であり、勝ち星なんてそうそう上げられない。それもあってなかなかポイントが上がらず、自分が強くなっている実感はあまりなかったけれど、ある時気分転換に他の人と個人戦をして驚いた。自分がこんなにも勝てる試合ができるとは、と。太刀川さんにはまだ相手にならないが、彼に鍛え続けてもらって私自身も知らないうちに確実に剣の腕はあがっているのだ。
それからしばらくして、はじめて太刀川さんから1本引けた時はそれはもう嬉しかったし、当の彼は「まだまだだけどな」と口では言っていたが、満足そうに私の頭を撫でていたのが忘れられない。……そう言えば、その頃からだろうか、太刀川さんから個人戦のお誘いをされるようになったのは。ようやく彼も私を認めてくれたのだと最初は喜んでたなあ。いや今だって嬉しい。だってはじめは師匠にしたいと思った相手だ。嬉しくないわけがない、でも。

(最近、戦ってる時の太刀川さんは怖い……)

この仮想空間上では、私は太刀川さんの獲物でしかない。特に今の実力差では。自分の方が絶対的上位であると叩き込むように、私の弧月を制圧する。昔はそんな風に感じたことはなかったのに。

「戦いの最中に考え事か?」
「っ!」

あ、まずい。と思った瞬間には太刀川さんの間合いだった。旋空が来ることをわかっていながら避けることもできず胴体は真っ二つになり、私は為す術もないままベイルアウトした――。







「今日も俺の勝ちだな」
「もー。わざわざ言わなくても理解してますから」

28−2。私が少しずつ上達しているといっても、まだこの数字だ。昨日は27−3だっただけに悔しい。なにより負かされた相手に目の前でふふんと得意げにされては……。くそ、少しくらい舌打ちをしても許されるのではないだろうか。

「そう拗ねるなよ森島。なにか奢ってやるから」
「!」

これもここ最近のことだが、彼は勝負のあとよく奢ってくれるようになった。それからわしわしと頭を撫で回すようにも。飲み物を奢ってくれることに関しては純粋に嬉しいが、なんだか手懐けられているようで悔しくもある。

「いいです。別に、拗ねてないし」
「だったらそういうことにしておくから、なにか飲み物選べよ」
「……オレンジジュース」
「了解」

太刀川さんはさっと近くの自動販売機へ寄ると、すぐに戻ってきた。足速に私に駆け寄る姿を見て、そう言えば出水が、私と戦ったあとの太刀川さんはご機嫌だとかなんとか言っていたことを思い出す。もしかして今がそうなのかな。

「ほい、オレンジジュース」
「ありがとうございます。……太刀川さん」
「ん?」

なんだか聞いちゃいけないような気もする。でも気になる。太刀川さんは私と戦って、楽しいのだろうか。私よりも強いアタッカーはたくさんいるのに。もっと戦って楽しい相手はいるのに。

「今、機嫌いい……?」

彼はコーヒー缶を片手に、一瞬フリーズして、そして。

「そりゃあな」

と、一言だけ。

「そっか」

たったその一言だけでなんだかあたたかくなった気がした。自然と頬が緩み、オレンジジュースを飲むふりをして口元を隠したのがバレてなければいいけど。





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