●愚かな正義
ある日の外交で、王女は恋をした。相手は海の向こうにある青の国の王子様。
次の外交は緑の国。其処へ青の王子も来ると聞き、美咲はとても喜んだ。
「とても素敵な人だったの。真次郎さんも緑の国の外交にいらっしゃるそうなの」
「伺っております」
「大臣達に内緒で会えないかしら?いつも見張られているのよ」
「そうですね…少しの間だけならなんとか…」
「本当に!?」
「えぇ。内緒で会いに行きましょう」
見たこともないキラキラした瞳で喜ぶ美咲に、湊は嬉しくもあり寂しくもあったが、良い案がありますと優しく微笑んだ。
美咲はいつものツマラナイ外交が楽しみで仕方なかった。昔、湊に買って来てもらった王子様とお姫様が幸せな結末を迎える絵本を引っ張り出し、読み返しては彼に想いを募らせた。
しかし現実は絵本の様に綺麗な終わりを迎えなかった。
緑の国での外交の日。大臣達の目を盗み、湊と美咲は入れ替わった。青の王子に会いに行った美咲は其処で王子が緑の国の王女に恋をしている事を知った。
女の勘というのは案外馬鹿に出来ない。彼が彼女を見詰める瞳が私に向けられた時のものとは明らかに違っていた。愛は私ではなく緑の王女に捧げられたのだ。
初めての恋は無惨にも砕かれた。
美咲は部屋に籠り泣き続けた。そして執務も疎かになり、これは一大事だと家臣達は焦り始めたのだ。
「王女様、そろそろお部屋から出てきて下さいませんか?」
「…誰とも会いたくないわ」
「そんな…」
「あの子が居なければ良かったのに…」
王女は知らない。自分の言葉の重みを。
呟いた言葉は後の悲劇の幕開けとなる。
「かしこまりました。王女の要望に答えましょう」
大臣は薄く笑い王女の部屋の前から消えた。
暫くすると、王女の自室に控え目なノックが響く。
「王女様、僕です」
「…入って」
湊が部屋に入ると美咲は涙に濡れた顔を隠す様にうつ向いた。
湊は彼女の小さな身体を包み込むように抱き締める。小さい頃から美咲が泣くと湊はそうやって彼女を宥めていた。怖い夢を見た時、大臣達に叱られた時。湊はいつも傍にいた。
「どうして私じゃないの?私はこんなにも彼を好きなのに」
「僕は絶対に裏切らない。どんなことがあっても貴女を守ってみせるから。この命に代えても」
「…約束してくれる?」
「約束します」
ほら、笑った。
美咲は笑う。湊さえ居てくれれば何時だって笑っていられると思った。
一方、城の兵士達は緑の国を攻め込む用意をしていた。
「緑の国を滅ぼせ」と命令が下ったのだ。
大臣は廊下ですれ違った召使を一瞥し、彼に告げた。
「王女からの命令だ。緑の国の王女を殺せ」
青の王子が愛する緑の王女を殺そうと美咲の知らないところで物語は進んでいた。
大人達の都合で書き換えられたシナリオ。王女は知らずに舞台に立ち続ける。
物語の結末で彼女が舞台の奈落から消えることになろうとも、彼女に観客の声は届かない。
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