嗚呼、面倒臭い

「姉ちゃん、今俺にぶつかったよなぁ?」

厳密に言うなら、ぶつかったのはあなただ
急に立ち止まって……避け切れなかった私の落ち度かな
まぁ、口には出さないけど

ここは駅前
特に何の用事がある訳でも無かったけれど、休みの日にブラブラしていていけない事はないだろうと
あちこちウロウロしていたのがいけなかったのか

──閑話休題

「アンタ良く見ると可愛いな」

ベタに切り出して来た男に目眩を覚える
堪え切れずに溜め息をついても、ニヤニヤと下品な表情を崩さない男にある意味敬意を覚える
……彼の場合は、恐らく馬鹿にされていると気付いていないんだろうけど

「暇そうだし、俺と遊ぼうや」
「お断りします」

思わず、鼻で笑う
流石に男も馬鹿にされていると感づいた様だった

「お前、どういう状況か分かってんの?」
「二人称が定まっていませんよ、お兄さん」

痛い目にあうだろうなぁとは思ったけど、言わずにはいられない
頭の弱い声のかけ方しか出来ない奴に負けたくは無い
相手は私の言葉が理解出来なかったらしく、再びニヤニヤし始めた

「は、何言ってんの?」
「姉ちゃんから始まり、アンタ、お前……一つに定めたらいかがですか、と言ったんです」

周囲の人は、此方をチラッと見ると足早に去って行く
せめて交番に知らせてくれたって良いだろうに
流石に、他力本願か

「テメェ!」

あーあ、また違う二人称
ぼんやりと、そう思いながら眺めていた男の振り上げられた手

「私の娘が、何かしたのかね?」

それは、私に振り下ろされる事は無かった

「と、うさん」

駅にいるはずが無い人だった
当たり前だ、いつも車移動なのだから

「なんだテメェ!」
「聞いていなかったのかね、彼女の父だよ」

掴んでいた男の手を思い切り捻る
と、男はぐるっと回って腕を押さえ込まれる形になった

「女を力で屈服させるというのは頂けないな、それが私の娘なら尚更」

ぎりぎりと男の腕から音がしている気がする
これは、危ないんじゃないか

「と、義父さん、もう良いよ」
「私は足りないと思うんだが、折っても良いくらいだ」

男の顔が青くなっていく
なんか、逆に可哀相になってきた

「義父さん」
「……仕方ないな」

しぶしぶ義父さんは手を放す
ヒィ、と分かりやすい悲鳴を上げて男は逃げて行った

「義父さん、どうしてここに」
「駅に入る名前が見えたんだが……その後ろを歩いていたあの男が卑しい笑みを浮かべていたからね、申し訳ないがつけて来たんだよ」

大袈裟に溜め息をついた義父さんに、手を握られる
そのまま駅の出口へと歩き出す義父さん、抵抗なんて出来なかった

「名前、正論を言っていたが……あの類いの輩からは逃げなさい」
「……ごめんなさい」

義父さんの言い分の方が正論だ
勝つ確証が無いなら、煽るなんていけないこと

「いつも私がいるとは限らん……気をつけなさい」

だけど、助けに来てくれた事
そう言ってくれた事が嬉しくて

「ごめんなさい」

笑いながら手を握り返す
その手を、強く握り返してくれた事がまた嬉しかった

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