ごっこ (十二國記)
 ここは慶国の都、堯天。
 金波宮の燕寝、東宮長明殿。
 雁国の鴛鴦夫婦が慶国に滞在する際、掌客殿でなく特別にこの東宮に滞在するのは景王陽子が延王尚隆や延后妃美凰を兄や姉の様に慕う証であった…。



 その日の宵…。
 陽子は慌しい様子で目通りを奏上してきた長明殿つきの女官、玉花に促され、急ぎ足で東宮へと向かっていた。

「それで、玉花? そのう…、本当に延王がそんな所業を?」
「はい! 麗しの延后妃様が『いやでございます!』とはっきり仰せでいらっしゃいましたのを、あたくしはこの耳でしっかと聞きました!」

 些か興奮気味の女官の様子を、陽子は落ち着かせる様に念を押した。

「で、それを延王がそのう…、乱暴していうことをきかせていたと…、云うんだね?」
 玉花は涙目になって、くすんと鼻を啜り上げた。
「然様でございますわ! 后妃様はずっと「いやいや!」と叫んでいらっしゃいましたのに、延王陛下が暴力を振るわれて…、無理やりに…」
「……」

 無理やりというのは納得できても、暴力というのがどうにも結びつかない。
 かの王は后妃のすべてに対して異常なまでに恋着しているのだから。

「う〜ん…。なんだか信じられないなぁ〜 いずれにしてもご夫婦のことなんだし、わたしがとやかく申し上げるというのも…」

 主君の優柔不断な答えに、玉花は柳眉を逆立てた。

「主上ったら! そんな悠長に構えておられずに、どうぞ后妃様をお助け差し上げて、延王陛下を諫めてくださいませな! このままでは…」

 玉花は延王夫妻が慶国滞在中の饗応役筆頭侍官として、常に傍に侍ってその性格のよさを見知っている分、慶国官吏の中でも殊の外、延后妃美凰に心酔しているのである。

「判った、判った! 夫婦喧嘩は犬も食わぬっていうんだけどね。兎に角急ごう!」

 そう云うと、陽子は半泣きの女官を伴い、長い廊下を急ぎ足で東宮へと向かった…。





「あっ! いやっ! いやでございます!」
「ならぬぞ! 観念いたせ!」
「いやっ!」

 艶やかな色をした絹の褥の上に、白い牡丹花がふわりと乱れ散る…。
 柔らかな臥台の上で逃げ惑う美凰の手頸を引き、尚隆はその身体を無理矢理に捕まえる。
 腰を引き寄せ、わざと肌を密着させる様にするやあでやかな頸筋に咬みついた。

「あっ! い、痛いっ! やっ…」

 弱々しい抵抗をものともせず、尚隆は口角を引き上げる。

「それぐらいの力で俺に勝てるとでも思ったのか?」
「いやぁ…」
「ほれほれ、どうした? もっと啼いて逃げ惑わんか!」

 嫋やかな繊肩を掴んで一気に押し倒すと、臥台が鈍く、ぎしりと音を立てた。

「いやです! お放しくださいませ! いやいやっ! あっ!」

 身もがく女体の白い夜着の胸元をひきはだけつつ、無骨な両手が薄い衣の上から豊麗な胸を掴み指先でつんと尖っている先端を弾くと、美凰が身体をぴくりと顫わせた。

「ほほう…。いやと申して感じておるのだな? いやらしい身体だなぁ〜」
「ち、違いますわ…、んっ!」

 咬みつく様にくちづけをすると、美凰が逃れる様に花顔を背ける。
 両手でぐっと頬を押さえ込み正面を向かせ、尚隆は無理矢理に舌を入れて口内を荒らした。

「んふっ…、ぅ」
「はっ…、美凰…、抵抗せんと…、素直に舐めろ…」

 唇を離した尚隆は、美凰の口腔に二本の指を押し込む。
 舐めて貰わなくても口に含ませただけで随分と濡れた指を、更に奥へと捩じ込み、熱くて狭い中を乱暴に掻き混ぜる。

「はっ! やっ…、あんっ…」
「ほう? あれ程いやがっていたというのに、俺に身体を委ねるというのか?」
「あうっ…、違…、やめてぇ…」

 仰向けに押さえつけられていた美凰がぐっと腕に力を入れて身体を起こし、後ろへ退く。退かれてしまった腰を逃がすまいと、尚隆が足を持ちあげてずるりと引き寄せると、美凰は再び臥台に全身を埋もれさせた。

「ふむ! なかなかいいぞ! もう少し粘って抵抗いたせ!」
「で、でも…」
「云う事を聞かぬなら、あの艶本の挿絵通りに縛るとしようか?」

 舌なめずりせんばかりににやにやと口角をあげて迫ってくる良人の姿に、青菫色の双眸にぶわっと涙が盛り上がった。

「もう、いやでございます!」

 そう云うと、美凰は褥に身を臥せてよよよっと泣き崩れた。

「お、おいおい…」
「も、もう…、無理ですわ…」

 うっうっと嗚咽を漏らす美凰の身体に覆いかぶさった尚隆は、やれやれとばかりに先程とは打って変わった優しい声で愛妃を慰め始めた。

「なんだ? 『よいではないかごっこ』は気に入らなんだのか?」

 上半身を起こした美凰は、良人の首にぎゅっと腕を廻して抱きついた。

「少しも楽しくございませんわ…」

 宥める様によしよしと柔らかな背中を撫でつつ、尚隆は苦笑した。

「ふむ。抵抗する庄屋の娘を無理矢理犯す代官という設定は、なかなかそそるものがあったのだが…」
「わたくしはちっとも面白くございませぬ…。第一このようなお遊びを面白いと仰せあそばしますのは、陛下だけでいらっしゃいますわ!」

 繊頸を振って身悶える后妃を強く抱き締めながら、王はその場で横たわった。

「判った、判った…。そう興奮いたすな…」
「…、尚隆さまの…、いじわる…」
「まあ…、そう怒るな…。その顔も、そそるがな…」

 尚隆は涙ぐみながらも甘えてくる美凰の腰を持ち上げると、でれでれと眦を下げて白い脚を撫でまわしながら、なまめかしい姿態を楽しみ始めた。

「あぁ…、んっ! へ、陛下ぁ〜」
「結局の所…、そなたは俺に抱かれたいという事だな?」
「いじわるな…、かた…。そんなこと…」
「うむ…、やはりいつもの美凰の方が…、可愛くて…、よいぞ」
「あぁ〜ん!」





 鴛鴦夫婦の臥室の扉の外では、陽子と玉花が顔色を赤くしたり青くしたり、眼を白黒させたりして一部始終を伺っていた。
 常に后妃に付き従っている雁国の女官、李花が真っ赤な顔をして背後で平伏し、しきりに詫びている姿も些か滑稽であった。

「もう、本当に申し訳ございませぬ! 主上と后妃は近頃『なんとかごっこ』というお遊びに嵌っておられまして…」
「……」
「玉花殿はもとより、景女王陛下にまで多大なるご迷惑とご心痛を…」

 陽子はぽりぽりと額を掻いた。

「い、いや…、別に迷惑とか、心痛なんて感じてないんだけどさ…。どうせ美凰は延王に巻き込まれているだけなんだろうし…」
「御意…」

 恥ずかしいやら情けないやらにがっくり項垂れている李花の肩にぽんぽんと慰めの手を置いた陽子は、やれやれとばかりに首を振りつつ後ろ手を組みながら玉花を伴い、静かに堂室を後にした。



「だから云ったろ! 夫婦喧嘩というか、喧嘩じゃなくって「ごっこ」らしいけど、あの二人のやることは犬も食わないんだよ」
「はあ…」

 がっくりと項垂れた玉花の様子を哀れんだ陽子は、忠実で勤勉な女官の肩を労う様にぽんぽんと叩いた。

「し、主上?!」
「ま、明日の午餐の折にでも、それとなくご忠告はしておくよ。ご夫婦仲が良いのは嬉しいが我が国の侍官や女官をあまり吃驚させないでくれとね…」
「どうぞ宜しくお願いいたします…」

 骨折り損のくたびれ儲けという言葉が当てはまるのか否かは判らないが、今の陽子の心中はまさしくそんな感じであった…。

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